ビハイン・ロックドアーズ
01
ただ、いつも負担をかけているなと考えただけだった。
よく解らないものの、女相手のときには、男の方が色々と金銭的に負担するらしいことは何となく知っていた。正直逆男女差別じゃねぇかと思ったりもするのだが、そこは男の矜持や見栄や意地があるのだろう。
女に金を負担してもらうなんて、というその気持ちも解らないでもないが、だからといって旅行代とかホテル代とか、そういうもの全部を男が負担するなんて馬鹿らしいし、それに甘える女もどうだかなと思う。というか、思っている。
――以上、女の子大好き森山とその友人の体験談を元にそのような考えを抱いていた笠松は、しかしある日唐突に、自分がその「ちょっとどうなの」という女のような状態になっていることに気付いた。
(これじゃ駄目だ)
一念発起したその日の夜遅く、自宅から少し離れたところにあるコンビニのとあるコーナーで、顔を赤くしたり眼を泳がせたりして店員に不思議な顔をされながら、笠松は取り敢えず、目的の一つは完遂した。
誤魔化すように最新号の月バスを購入し、そそくさと帰る笠松の後ろ姿は、普段の彼を知る者だったら非常に面白がるか、不安に思うような挙動不審さに満ちていた。
(何、アイツ一体どういう顔して買ってんだ?)
行きは軽いランニング程度の速さだったが、帰りはダッシュとランニングという、インターバルトレーニングを図らずも繰り返すことになった。
恥ずかしさが頂点の際にはダッシュ、少し落ち着いたときにはランニング、緩急つけて走る内に、段々とランニングの割合が大きくなっていき、最終的には早歩き程度の速さにまで落ち着いていた。
(……まぁ、あれだ、経験の差だよなこれ)
陳列されている前にいるだけでも恥ずかしいことこの上なかった身には、手に取ってレジに持っていくまでがとんでもなく長い時間に思えるだろう。一秒と一秒、瞬間、まさしく瞬く間そのものが、無限に感じられる――そんな体験は試合のときで十分だ。
だがそういう自分とは対照的に、あの小綺麗な顔をした男がいけしゃあしゃあと何でもないような顔をして買っている姿が容易に思い浮かべられて、それはそれで悔しかった。募る苛立ちに、まさしく経験の差を自身垣間見る。
(っつかアイツ、こういうところで買ってたら絶対問題だよな、だって前どっかの女子アナもそういう写真撮られて番組降ろされたとか森山言ってたし! ってことは、アレだ、世の中便利な通販だ、きっとそうだ!)
そう結論づけ、百面相を何とか十面相くらいにまで落ち着かせた笠松は、そこでようやく普段歩くときの程度にまで速度を落とした。次の目的は、どういうものを使っているのかを確かめることだった。そして、そのためには然るべき状況、もとい状態があることに思い至ってしまった笠松は、そこから自宅まで全速力でダッシュする羽目になる。
この時点で笠松が知る由もなかったことが二つあった。
一つは、コンビニの店員が海常高校の生徒だったこと。念のため、と高校生の就労時間外に出向いたまではよかったものの、その日に限って内々に高校生の彼が欠勤の穴を埋めることになったのだった。
もう一つは、その彼の友人にはバスケ部員が多かったこと。普段から名物主将のことを伝え聞いていた彼は、彼についての記事が掲載されていた月バスやら何やらを半ば強引に見せられたこともあった。つまり部員にとっても自らの部の主将が自慢であるというわけで、その点では非常に微笑ましいのだが、今回ばかりはまずかった。
翌日、笠松は形容しがたい空気に満ちた体育館に足を踏み入れた。
「……どうしたんだ、一体」
進路指導の関係で、遅れて体育館にやってきた笠松は、自らに注がれる視線の異様さを敏感に察した。普段自身に向けられる視線と言えば、主に恐怖と恐怖と、面映ゆいが尊敬、のようなものだ。それが今日はどうだ、この視線は、何だ。皆無駄口を叩くことなく真面目に練習している中で、時折探るように笠松を見るのだ。ちらちら、ちらり。中には、まるで犯罪者を見るような眼で、笠松を見る者もいた。
救いを求めるように、同じく進路指導で遅れ、一緒にこの体育館に足を踏み入れた小堀を見上げる。だが、小堀もこの異様さは解っても何故こうなのかは解らないらしく、困ったように首を横に振った。ちなみに彼に向けられる視線は普段通りだった。
「……森山、おい、状況説明しろ」
言葉に言い表しがたい雰囲気の中、練習に身が入るとは思えずに、最初から部活に出ている森山をコートから引っ張り出す。
「まぁ、そうね、アレよ、気にすんな?」
「気にならねぇわけねーだろ! 何なんだよ一体!」
曖昧な笑みを浮かべて誤魔化そうとする森山に噛みつくと、「だって今、部活中だし。ちゃんと部活終わりに理由話してやっから」とただでさえ細い眼を更に細めた彼に宥められた。当然納得いくはずもなく、笠松は更に眉を吊り上げて怒りを露わにする。細まった眼の奥に、何やら愉快気な色を見てしまえば尚更だった。
「おい、森山――」
「っつうか、多分にこれ、笠松何も悪くないから。ただまぁ、皆意外だったんだよ、なぁ?」
最後の一言は部員に向けてのもので、それに応えて皆が一斉に首を縦に振る。赤べこのようにちぎれんばかりにぶんぶん首を振る者もいて――その代表格は早川だった――、笠松の頭の中には際限なく疑問符が増殖していく。
「いや、やっぱ気になるから今言って欲しいんだけど、おい」
「いや、それだと確実に笠松今日の練習使いものにならなくなるから。駄目」
すっぱりと断言されて、笠松はむっとする。だが、気になるという自分にこうまで森山が引っ張るのだから、やはりそれは言われた通り、部活終了後に聞くのがベストなのだろう。
釈然としない思いを抱えながらも、伊達に全国区のバスケ部の主将を任されているわけではない。一旦この場は思考を切り替え、練習に専念することを最優先事項にした。