薄花桜を爪に乗せ
ひんやりとした柔らかなものが咽喉元に当たるのが解った。それは指だ、眼を開けずとも解る。それは柊だ。声を聞かずとも解る。動脈を辿るように指先、少しばかり尖った爪で擦られて、これが鋭い刃なら自分は今頃死んでいるだろう。咽喉を縦に裂かれて、噴出したその血はきっと柊の着物を染め天井を染め視界を赤一色にしてくれるだろう。女のまるで狂気が垣間見えるような愛撫に名取は笑いそうになる。狂気とはこんなに震えているものなのか。拙いものなのか。爪で咽喉を裂こうとしているにも拘らず、時折名取の拍を確かめるように指の腹で血脈を感じ取っているらしい柊の動きに、名取は幼すぎる狂気を見て、笑いそうになる。もしかしたら、ここで爪を一層立てたら、死ぬかもしれない、などと考えているのだろうか。この皮膚を裂いたら血が噴出すかもしれないと考えているのだろうか。それは好奇心にも似た無邪気な心だ。臆病交じりの愛しい心だ。だからこそこの指は、まるで愛しいものを相手にした時のような震えとともに微熱を伴い始めているのだろう。名取は笑った。
名取+柊:意識し始めた瞬間からそれは始まる