未
死ぬ時の事を口にするには、俺もお前も未だ早過ぎると言ったけれど。
ヒトの眼で見えなくても解る赤い鉄の臭い。生々しい新鮮な臭い。今も尚、流れ続ける。鼻にねっとりとした臭気がこびり付き、あぁこの臭いも久し振りだな、そんな事を思った。
視覚的に、暗闇の中ではこの右眼以外は意味を成さない。微かな光も届かず、ヒトの眼のままの左眼は欠片すら光を集められなかった。一切の混じり物もない闇。夜が明けるには一時以上あり、雨の音が遠くに聞こえた。途切れる事が無いその音、洞窟内奥深くにまで聞こえるほどには降っているのだろう。
――傍らにある男の躰は、既に動かない。
(血を流し過ぎだ)
止血にも限界がある。今の手持ちの道具ではこれ以上の処置を施す事は無理だった。
「――九蓋、覚えてるか?」
動かない男に試しに声を掛けてみれば、その躰が僅かに動いた。
「……何を、だ」
「養成所にいた時に、俺が『ろくな死に方しない』って言った時、お前は『そんな事を口にするには未だ早過ぎる』って返した事」
――今、そういう事を口にするな。そういう事を口にするには、俺もお前も未だ早過ぎる
「……そんな事、言ったか」
短い言葉を発するのが精一杯なのだろう、いちいち応えなくてもいいよと言っても九蓋は首を縦に振らなかった。
「これから言うのは独り言だからな、反応されると恥ずかしいんだよ」
おくびにも思っていないのにも拘らず、そう言って九蓋の言葉を封じた。
「んでな、お前そう言ったんだよ。そん時に俺は、何か啓けちゃった感じがしたもんだけどさ、」
――だって、俺はもう傀牙と戦って死ぬ以外に、死ぬ事を許されなかったんだから。口には出さずに。
「実際、外に出て、お前が言った事は斬新でも何でもない、寧ろ普通の事だったんだって気付いたんだ」
普通に生きている人間は、死ぬ事なんて考えずに生きて。
いつかは死ぬ事を知っているのに、死ぬ事を考えずに。
死ぬのは、今ではないのだからと。
――まるで、死から顔を背けて逃げているようで。
「――この場面で、何を、」
「でもさ、あれね、実際お前以外の人間が同じ事言ったとしても、俺そんなに影響受けなかったと思うんだよね」
それまでは、九蓋も死から顔を背けて生きてきた人間だったのかもしれない。
だが、御形が出会った時の九蓋は既に「いつかくる」死ではない「死」を知っていた。
死を知っていたのに、死ぬには未だ早過ぎるのだと言った。
――その愚かさ、強さ。
「御形、」
「お前だったからこそ、なんだよ」
お前だったからこそ、あの言葉が俺には天啓だった。
「――いいか、九蓋、」
お前が死ぬには、未だ早過ぎる。
――でも、俺はそろそろいい時期なんだよ。
九蓋が意識を手放したと同時に、一人傀牙の集団が徘徊する街へ下りた。