紅絹乞う季節に
掌にひらり落ちてきたのは紅葉した楓だった。
ひらり、橙に赤を二三滴垂らせばこんな色になるのかもしれない、橙と言うには赤みが強く赤というには黄色が強く、きっとこれは朱色というものだろう。秋先とはいえまだ季節には遠い。随分気の早い紅葉もあったものだ、それを摘むとくるくると遊んだ。
触れた指先にしっとりと冷たさを感じて、これは枝から離れたばかりの若い葉だ。思って手にした楓を太陽に翳してみた。まだ生きている先が五つに割れたそれを陽に透かせば、その大きさといい透け具合といい、長らく触れていない人の子の掌を彷彿させた。長らく、どころか人の子などろくに触れた事もない。思い出せるのは一人くらいだった。
何とはなしに己の空いた右手を隣に開き、その上に重ねて大きさを比べる。掌に収まりそうな大きさの朱色の葉は、解けかかった白い包帯に滲んでいる。それは見て、呪縛から逃れようと抗い続けて爪が剥がれ手の皮膚が肉が裂け、そうして滲んだ血の色を思い出し、あれはどんな赤だっただろうか、褪せた記憶に色を付け直そうにも時間が経ち過ぎていた。下ろした右手、包帯を絡めるようにぎゅっと握った。
くるくる、指先だけで回す楓は、細い葉脈がまるで人の血管のようで、しかしこの朱が人と同じように血が流れているからではない事くらいは知っている。知っているが、この色と小ささが懐かしいと思えた。
これと同じくらいだったか、幼子の冷えた指先は霜焼で赤く、小さく。何年前だったか、拙いながらも包帯をくるくる巻いてくれた、その腕にヤモリの影を巻いていた子ども。自分が見える子ども。珍しい子ども。
『お母さんは僕の所為で死んだんだって』
そんな伝聞の言葉をそのまま口に出来てしまうほど、達観して諦観していた子ども。だからといってその子どもが可哀想な子だとは思わなかった。唯、寂しい子どもだと思った。哀れみを恵んでやれるほど豊かな存在でもなかったが、親を死に至らしめたのが自分なのだと周囲から言われ自身もそう思っているらしい子どもを、寂しいと思った。この子は寂しくて、そして妖の身である自分の傷付いた手に包帯を巻いてくれる、優しい子だと思った。だからそう言った。お前は優しい子だと、お前は優しい、ただの人間の子だと。
くるくる、くるくる、指先で遊んでいた楓をふっと放した。そのままくるりくるり、回るように落ちていく、そして、落ちた幼子の掌は、その瞬間に駆けて来た風に攫われてふわり、他の落葉に混じってしまった。がさ、がささ。存外に紅葉していた葉が多く、もうどれだったか解らない。がささ、がささ。手にしていた楓は、一瞬にしてただの楓になってしまった。遊んでいた楓は埋もれて失われた。紛れてしまってはもう解らない。
――あの子は今も、寂しくて優しい子だろうか。他の子と同じように過ごせているだろうか。見失った楓を重ねて、あの葉のようになれていれば、あの子は幸せなのだろうか。解けかかった包帯をそっと撫ぜた。
柊:あの子は今どうしているだろう