stoicist
時は明治、文明開化の頃、文身禁止令が発布されて裏家業として彫師を続ける人気美人画師の黄瀬と、警官笠松さんの似非浪漫、基エロ浪漫。
※Stoicistなんて単語はありません。
夏の無料配布『イロモノキワモノ2』より
point:ストイック×刺青×警官
笠松幸男 ……
風俗検閲の名目で黄瀬の元を訪れる警官。
実際は、現在では禁止されている刺青を尚彫り続ける、
彫師としての黄瀬を検挙しようとしている。
「笠松の桜」に興味を持つ黄瀬に対して、
素っ気無い態度を取るが実は……
黄瀬涼太……
表向きは当代きっての美人画師として名を馳せるが、
禁止令以前は彫師を生業としており、
現在も裏で上客の依頼のみを受け付けている。
ある高名な方が愛でた「笠松の桜」の噂を聞いて興味を持つ。
男色家ではないが、美しいものをこよなく愛する。
笠松の桜の流言を耳にしたのは何処でだったか。仕事の最中、一刻も口を閉ざしていられない雀のような女の独り言の中にか、気心の知れた馴染みの女将の店でか、はたまた顔も覚えていない女との乾いた睦言の中にか。今となっては定かではないが、女の口から発せられたのは確かだった。ねぇ知ってるかい、笠松の桜をさ。この世のものとも思えない美しさだって言うよ。何でも蒐集家として名の知れた御人が滅法愛でていたそうじゃないか。一度でいいからお目にかかりたいもんだねぇ。
下層の女の乏しい語彙ではさっぱりその美しさとやらは伝わらなかったが、口にされたその蒐集家の何は覚えがあった。古今東西問わず数多の芸術品を集め、芸術なんぞにとんと興味もなかっただろう層に向けて金も取らずに展覧会を開いていた奇矯な御人だったと聞く。その展覧会も、成り上がり者にありがちな己の蒐集した稀代の一品を誇示したいがためのものではなく、幕府が斃れ政府が立ち号が変わったこの十余年の激動を経て、後世に広く永く、時代も国も越えるものがあるのだと伝えたいというものだったというから、大した人格者だった。一方で、集める品には金に糸目をつけず、己がそれと認めた芸術家には支援も惜しまなかったというから、この点は矢張り大抵の娯楽に飽いた旧家の者にありがちな道楽者でもあった。ついにその御人に見えることはなかったが、あの赤司が大層褒めていたから相当の傑物だったのだろう。
その御人が治めていた西の土地が笠松という名だった。故に「笠松の桜」なるものも、恐らくはその土地にある桜のことを指すのだろう。
黄瀬は至極単純にその答えを導き出した。彼の御人の城周りの桜並木の壮観振りは、遠く離れたこの東都にも知られていた。代々彼の城主はその地位の者にしては珍しく桜守りも兼任していたらしく、成る程彼の人の美への飽くなき探究は恐らくこの旧い血も関係しているのだろう。
実際に足を運んだのは気紛れだった。黄瀬は美人画師として東の都に留まらず全国に名を馳せており、版元からは新作をと日々せっつかれている身だ。更に言えば、その催促を足蹴にすることが許されるくらいの、押すに押されぬ人気画師だった。朝に晩にと各地の小町娘が黄瀬の元を訪れ、己をその筆で描き取って欲しい、己が身に黄瀬の筆で紅花を描いて欲しいと嘆願する。唯でさえ表に裏にと多忙の身であり、更には躰まで求められるのだからきりがない。故に、黄瀬は心身の休息と嘯き、時折全ての仕事を放り出して人々の前から姿を消すことがあった。赤司に一言言い置いておくだけで、一切の面倒事と切り離された快適な旅が約束されるのも助かった。
彼の御人がその短くない生涯で一番美しいとまで称した桜とは如何程のものか、一度はお目にかかっておこうじゃないか。軽い気持ちで汽車を乗り継ぎ、道を尋ねて、その桜を観に行ったのはこの春先のことだった。
「時の流れってのは早いもんスね、笠松さん」
半年前のことを思い出し口元に浮かんだ笑みをそのままに、黄瀬は眼下に晒された剥き出しの背を愛しむように撫ぜた。未だ敏感な跳ねた躰に気を悦くし、上体を屈めて頚椎から脊椎、腰椎の一直線上に舌を這わせる。舌先に感じる微かな塩の味は先程までの行為の名残り。中央を貫く骨を分かれ目にして、左右均等にしなやかな肉がついた背はどちらともつかない汗に濡れている。塩の雨に降られても尚、その桜は散ることなく美しい。否、むしろその玉の露が花弁に受け止められ、ほろりと滑り落ちていく様すらも美しかった。
「終わったのなら退けよ。重い」
肩肘をついて上体を起こすのにあわせて、また一滴桜の花弁から零れ落ちる。警官らしく短く切り揃えられた黒髪と対照的に、乱れ咲く紅桜は艶やかで、橙の幽かな灯りに照らされたこの夜桜を鑑賞することができるのは自分一人だ。少なくともこの世では。その事実だけでも黄瀬は下腹が熱く疼く。しかも黄瀬は彼の御人さえも知らなかっただろう、この桜の愛で方を知っていた。きっとそれは人格者としても名高かった御人には到底行えなかった所業だったのだ。
――否、「善の中に美があり、悪の中に色がある」というのが口癖だった御人なら、それをしても何らおかしくはない。むしろ美を探究し色に耽溺したというのならば、彼の御人は行うべきだったのだ。年端もいかない子の躰を傷物にするだけではなくその身を弄ぶことが躊躇われたのだろうか。笠松は成人となった今でも、幼い顔立ちをしている。況や実際に幼かった頃など、どれだけ罪悪感を掻き立てられたか、想像に難くない。稚児に慣れていれば別だっただろうが、その習慣は先の幕府の終わりの時代には廃れていた。変わらぬものがあるのだと芸術の――美の力を信じていたらしい御人は、皮肉にも時代と文化の変化の影響を受けたがために、この桜の最も美しい開花の瞬間を見ることがなかったのだ。
黄瀬にとっての幸運は、笠松に出会ったのがお互い成人となってからだったことだろう。お陰で彼の御人が抱いただろう罪悪感とはこの方無縁である。黄瀬は存分に、あの笠松の桜を愛でることができた。笠松から無理やり聞き出したところ、彼の人は笠松の湯上りに鑑賞していたという。何と勿体無い楽しみ方だろうか。この桜は特に太い幹を得たときに大きくしなり、その花弁をより赤く色付かせる。ゆらゆらと根元を掴んでゆすってやると、はらはらと花弁を散らせる代わりにその色を濃くしていく。甘い蜜を零しながら蕾の頃から花開き散っていくまでを、特等席とも言える位置で心行くまで堪能できる。
彼の御人が何故男の背を選んだのか。当初その思惑が黄瀬には解らなかった。通常の刺青と違い、白刺青は躰の温度が上がったときに浮かび上がる、幻の彫りだ。血の流れ、肉の厚み、皮の張り、経年による変化。全てを考慮し尽くして彫られる。墨を落とす通常の彫りとは全く工程が異なるそれを、天才と謳われる黄瀬でも未だ彫ったことはない。だが、もし彫るとしたら女の白い柔肌にと思っていた。女が熱を孕み、喘ぐと同時に淡紅がその身一杯に狂い咲く様は、想像するだけで楽しい。
今なら解る。彼の御人は男の背に彫らせたわけではない。笠松幸男という人間の背に彫らせたのだ。刺青は他の芸術とは異なる。その身を差し出すことで彫師の生み出す美を己に引き受け、共に生き、死んでいく。万人に愛でられることを放棄した芸術だ。言い換えればそれは、彫られた側は美の業と共に彫師の業をも引き受けることだ。死して後、皮を剥ぎ防腐処理なり何なりすれば、通常の刺青ならば保存も可能だろう。白刺青はそれすらをも拒む。死してしまえば血は濁り肉は硬化し皮は縮み、二度とその美を見ることは叶わない。
故に、その美を一生背負い続けることができる者に彫られるべきものである。
笠松幸男は、高名な蒐集家にも稀代の彫師にも、その身に桜を埋めることを許された――笠松の桜を背に咲かせることを求められた人物なのだ。そして黄瀬は、彼の桜を咲かせ愛でることができても、新たにその身に桜を埋めることは許されない。一針の介入の隙もない完成された美と色を前に、黄瀬は敗北し続けている。――それでも、業、なのだ。
いつか笠松の桜を己の手で手折ってやりたいと、思い続けている。