黒子のバスケ

コボリさんと空腹の仲間達

りん、りん……ぐぅ、
涼やかな風鈴の音を子守唄代わりにうとうとしてしていたオレの耳に、誰かの無粋な空腹を知らせる音が混じり込んできた。

『――あぁ、もう昼か』

コボリさんがふっと顔を上げて柱に掛けられている時計を仰いだ。時計の針は正午を差して、確かにお腹が空く時間だった。
気付いちゃったら気付いたで、くぅとオレのお腹も小さく鳴った。

『どうする、昼にするか? 母親出掛けちゃってるから簡単なのしか作れないけど。そうめんと、後昨日のかき揚げ温め直すくらいで』

胡坐の上で丸まっている幸男さんの背中を撫でながら、コボリさんが他の面々を見渡した。

『オ(レ)手伝います!!』
『お前はその山のような課題を先ずどうにかしろ。モリヤマ、見てやれ』
『りょーかい』
『それじゃオレがセンパイと愛のて……』
『お前は寝てろ、永遠に』
『せめて最後まで言わせて!』

カサマツくんの容赦ない一言にキセの情けない悲鳴。

『ね、ね、オレ結構料理上手なの知ってるでしょ!?』
『そうめんに料理上手いか否かの手腕は問われねぇ』

カサマツくんとの愛の手料理とやらを諦めきれないのか、キセは頑張って自分の料理上手をアピールしている。
そもそもキセが上手ならカサマツくんの出番って何処にあるんだろうか。お皿出したり、並べたりとかだろうか。

『ユキももうお腹減ってるだろ?』

カサマツくんとキセの喧噪をよそに、コボリさんが幸男さんの首の下を擽りながら聞いた。
この場合のユキ、は間違いなく幸男さんだ。こしょこしょ擽る指が気持ち良いのか、眼を細めた幸男さんは、うん、と自分から頬を擦り寄せて答える。
その仕草も甘えてるんだってことに幸男さん気付いてないけれど。

『センパぁああイ』
『抱き着くな馬鹿!』
『あー、オレ先行ってるから、な?』

こちらの騒がしさが収まるのはまだ暫く先だろうと判断したのか、コボリさんがすっくと立ち上がる。
それに合わせて幸男さんも放そうとしたらしいコボリさんだったけど、ちょっと驚いた顔の後、そのまま腕に抱えていた。オレも吃驚、した。

――幸男さん、コボリさんが放そうと手を脇の下に潜り込ませようとした、まさにそのとき、に。
するり抜けて、コボリさんのシャツに引っ掻かない程度に前足を掛けて。少し見上げるみたいにして。

離れたくないっていう、意思表示。

それがもう、凄く、可愛くて。

思わずジャンプしてオレもコボリさんの腕、基、幸男さんに飛びつこうとして。

『――いーから、お前は寝てろ!』
『っ痛ぇえ!』
「っわ!?」

でもそれは、オレの眼前に突如降ってきた障害物に邪魔された。

「いーところで来るんじゃないっスよキセ!!」

言葉通り噛みつきたくなったけど吠えるだけに留める。折角良いタイミングだったのに。
あぁ、コボリさんが程々にな、なんて言いながら向こうへと去っていく。待ってコボリさん、オレも幸男さんに見上げられたい。引き留められたい。
背中越しに見えるくるくるした尻尾がご機嫌に揺れている。待って、オレを置いていかないで。

なのに障害物は依然として退かないどころか動いて一層邪魔になっている。

『ぅうう、何で、何でそんなにオレを寝かせたいんスか……ってもしかしてセンパイオレが寝てる間にサービっ痛い痛い痛い!! やめて蹴らないで、お腹危険だから、危ないから!』
「……もっと蹴っちゃっていいスよ、カサマツくん。できればもう少し下の部分も」
『よし解った、なら股間はいいな、よし。リョウタもそう言ったし、多分』
『ダメ――っ!! 一番ダメぇえええ!! ってかセンパイいつの間にか犬語マスターしたんスか!!?』

キセが喚いてくるり反転。横になったままお腹をガードするように前を交差した腕で隠している。

『おー、これがDVってヤツか?』
『え、でもいつもと同じじゃないスか?』
『……さりげなくオレより酷いな、ハヤカワ』
『? そっスか?』

モリヤマくんとハヤカワくんが勉強を中断してそんなことを口にしている。
ディーヴイというのは酷いこと、らしい。覚えておこう。今後使うか解らないけど。

えぐえぐ泣くキセに、カサマツくんがため息と共に一言。キセの背後に腰を下ろして、……あのな、キセ。

『お前、自分の眼の下にうっすら隈できてんの気付いてないのか? 今日だって朝起きれてねぇし、別に無理してこなくてもよかったのによ。……だったらせめて、昼寝くらいしとけ』

適度な昼寝は良いって言うしな、とキセの頭を軽く撫でるカサマツくんの声は怒鳴っていた先までのものと違って少しばかり潜められて、噛んで含めるような口調になっている。
まるで子どもに言い聞かせようとする親みたいな、そんな感じ。

キセとカサマツくんだとカサマツくんの方がずっと子どもっぽい顔をしていると思うし、あんまりオスのにおいも感じないのだけど。
あ、やっぱりカサマツくんの方が年上なんだなって思った。物言いや、雰囲気の変え方が何だか大人だった。

『……無理してないスけど、でも、無理しても来たかったんスよ』

だって、皆でお泊まりとかしたことないし。くるり反転、カサマツくんを寝たまま見上げるキセの声にも、だからか、少し子どものような甘えた調子が混じっていた。
こいつ、オスっぽいと思うと子どもっぽいし、強引だなって思うと甘えもするし。ころころと忙しい男だ。
ほら、そろり伸ばした手でカサマツくんの服の裾掴んで。幸男さんみたいなことして。幸男さんと違って可愛くなんか思えないけど。

『お泊まりってか、名目は勉強会なんだけどな』

でもそれはオレがそう思っただけで。苦笑混じりに答えるカサマツくんの声は満更でもない。
あれ、もしかして今の仕草カサマツくんにしてみたら可愛かったんだろうか。えええ、信じられない。

『……ここの縁側で寝るの気持ち良いから、そこで寝てろよ、な? できたら起こしてやっから』

柔らかな口振りでキセにそう言ったカサマツくんに、オレは、あ、と思った。

「――カサマツくん、そこは、」
『――――って何でそんな何回も来てるからオレは知ってる的な口調で話しちゃってるんスかぁあああ!! 何、そんな無防備な姿を延々延々コボリ先輩に晒し続けたってその告白何スか、元カレのこと話すようなその感じはオレの嫉妬心を煽ろうって言うそんな小悪魔的な駆け引きの一端なんスかぁああああっ!!』

オレの言葉を完全に打ち消したキセの絶叫は今日一番の声量で。
眼にも留まらぬ早さで起き上がるとカサマツくんの両肩を掴んで激しく揺さぶった。あぁ、カサマツくんの残像が見える。

『――ってめぇ、は……っ!!』

直後に下された鉄槌も今日一番のものだった、とオレは足の間を押さえて打ち震えるキセを見て思った。

『……ご馳走様、って途中まで言いたかったけど……これはむしろご愁傷様、だな』
『キセ……大丈夫スかね……?』
『さぁな』

両手を合わせてぶつぶつ唱えるモリヤマくんとハヤカワくんにならって、オレも少しだけ頭を下げてキセの往生を願ってやる。
肩をいからせながらコボリさんの後を追うカサマツくんの怒気は、オレが生きてきた中でもトップレベル。
あれを鎮めるのはきっと大変だけど、自業自得という奴だった。


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