幸男さんと
01
ぎゅっと抱き締めていたら、苦しい。そんなことを言われた。苦しいの。そうだよ、離せよ。駄目、まだ離せないんだもん。意味解んねぇ。だって、ぎゅって大好きな人を抱き締めるのが、宿題なんだよ。
「宿題はきちんとしなさいって、幸男さんよく言ってるでしょ?」
ぎゅっから、ぎゅう、と。畳に寝ていたところを強く抱き締めて。鼻を擽るのは温かなにおいと青いにおい。これは畳のにおいだ。いぐさのにおい。張り替えてそんなに経っていないから、まだ鼻腔を心地良く満たすだけの新鮮さ。幸男さんは縁側での日向ぼっこと同じくらい、夜は暖かな部屋で畳に寝転ぶのが好きだから。
幸男さんは体格差に抵抗を諦めたのか、くたんと耳を折る。それを見てぱたぱたと嬉しさに揺れてしまう。だってまだ抱き締めてていいというお許しが出た。真っ黒な毛並みの首の裏に鼻先を突っ込んですんすんと鳴らす。こんなとこ、普通だったら無理だけど。幸男さんが気を許してくれてるのが嬉しい。幸男さんのにおい。ほわほわして春でもないのに発情する。
柔く薄い桃色をした、産毛すら可愛い耳の中をべろりと舌で舐めたのと、台所から帰ってきたのが同じだった。
『――リョウタ、ユキ、ご飯だぞー』
コボリさんがオレと幸男さんの名前を呼んだとき、オレは幸男さんの良く研がれた爪で鼻先をガリと引っ掻かれて悶絶していた。でも前足で押さえているからコボリさんにはまだ気付かれてない。
幸男さんはそんなオレを他所に、わかった、と一声鳴くと丸まった尻尾とお尻を左右に揺らしながらコボリさんの足元に擦り寄る。ありがとコボリ、と鼻を鳴らして甘く懐くその姿、オレにしてくれることは滅多にないのに。