001
オレはお前と恋人同士だったのか、と不思議そうに首を傾げるその反応に嫌悪感が少しでも混じっていたならば、こんなバカな真似はしでかしていなかっただろう。その眼が歪められたならば、その声が訝しげだったならば、絶対にしていなかった。そう思う。でもそうならなかった。そうは、ならなかったのだ
ベッドの上で真白な背中を晒す人に重なって、背骨の上の皮膚を唇だけで食むと擽ったいと笑う。指を滑らせて肩胛骨を通って胸に手を這わせると、やらしいと笑う。狭い肉の中に押し入って硬い熱で揺らすと、気持ちいいと笑う。鳴くように、泣くように笑う。そうして彼は言う、何でそんな悲しそうなんだ。
別れる前、会う度に彼の笑顔が少なくなっていったことに気付いていた。陰りが増してきているのに気付いていた。だから少しでも笑顔でいて欲しくて、色々なことを話した。仕事のこと、部活のこと、学校のこと、キセキの昔話とか、色々話した。それでも笑顔は少なくなっていった。否、だからこそ。
彼をこの部屋に閉じこめたつもりはない。代わりに閉じこめたのは、過去のこと。キセキのことも、一切彼の眼に触れないようにして、耳に入れないようにして。別れたことだって、閉じこめた。彼とは幸せな恋人のままでいたという事実だけを最初に植え付けて、それ以外のことは後から、選び抜いて与えた。
雛鳥を保護して庇護するように彼を部屋に住まわせて。夢と現の合間のまどろみのような優しい世界を覆う薄い靄のようなヴェールの向こうに広がるものを見せたくなくて、彼の眼を潰す代わりに自分だけしか見えないようにした。彼の耳を削ぐ代わりに自分の声しか聞こえないようにした。
自分たちは恋人なのだからと、先ず何よりも自分を信じて欲しいのだと。餌を与えるように囁く言葉に偽りはなかったけれど。無垢な雛鳥が疑いもせずに全部を飲み込んでしまう様に、まるで親鳥のようにいつかこの巣から彼が飛び立つ日を想像してしまって、この気持ちは一体何なのだと探る心に自嘲した。
親になりたかったのではない、恋人に戻りたかった、それだけだったのに。