0618
interval
予想外だった。
(まっさか誕生日、知られてないとはなー)
はぁと溜息と共に心の中で吐き出した言葉に元気はなかった。完全に自分の所為であって彼の非ではなかったから、尚更気落ちした。右耳から入った古文は左耳から抜けて出るばかりで、頬杖を突き再度深い溜息を吐く。
窓際一番後ろの席――上背のある黄瀬にあてがわれたその席は日当たり良好で、今日のように風は涼しく日差しが少々きつい程度なら絶好の昼寝スポットだったが、先程から頭の中をぐるぐると回遊する案件に眠気がやってくるはずもなかった。
(でも、これみよがしに誕生日アピールすんのもおかしいし……うーん、どうすりゃよかったんすかね)
殊更誕生日というのを意識したことはなかった。毎年女の子から沢山のプレゼントを告白と共に渡されてきたが、それだけ。黄瀬は言ってしまえば受け身でこの日を迎え、そして流すことが多かった。
それが少しだけ変わったのは中学に上がってからだ。それまで追われる存在だった黄瀬が、初めて追いかける相手ができた中学二年の春。
部活終わりに仲間から渡されたプレゼントの数々に、嬉しさよりも驚きが勝って言葉が出てこなかった。朝からプレゼント攻勢にあっていたから、今日が誕生日である自覚はあった。不意打ちではなかった。それなのに、吃驚してしまった。
同年代の、信の置ける友人達から誕生日を祝われたのは初めてだった。
六月十八日、その日周囲には沢山女の子がいて、人にも好意にも物にも溢れていたし有難いものではあった。けれど台風の中の目の只中にいるような、何処か取り残されている感覚の拭えなかった黄瀬にとって、だから腕の中にあるプレゼントが信じられなくて。
自分が、今日、誕生日というお祝い事の当事者であるという実感が、ぶわわっと足下から頭まで駆け抜けて弾けた。
「あああ、ありがとっスー……!」
感極まって涙声になった黄瀬を見て、テーピングの巻かれた指先で眼鏡を押し上げながら顔を逸らしたり、大袈裟過ぎだろーと屈託なく笑ったり、感動しいなんですねとぴくりとも表情を変えないながら感心していたり、これもあげるーと追加でんまい棒をくれたり、ふふふっと意味深長に笑ったり、きーちゃん、と涙を拭うためのハンドタオルを渡してくれたり。
六人のそれぞれの性格をよく表した反応に、黄瀬は今度こそ泣き笑いになって、有難うと繰り返した。こんなに嬉しい誕生日はなかった。この友人達との時間は、きっと永遠だと夢心地で思った。
――それは結局、夢でしかなかったのだけれど。
あの日以来、黄瀬は自分が欲深くなったと自覚している。自分の誕生日を、自分の好きな人達に祝われる嬉しさや喜びを知ってしまった。だから、十六の誕生日も同じように欲深く思った。前日の夜、思ってしまった。明日は誕生日だと。期待してしまった。彼からの一言を。
(うー、自惚れてたってことだよなぁ。そりゃ……一応レギュラーだけど、学年違うし、でも名簿とかに載ってたと思うんだけど……気にされてなかったってこと、だよなぁ……)
よくよく考えれば、彼は自分を周囲の一年と分け隔てなく接してくれている、それだけだった。一人肩パンや教育的指導という名の蹴りが多いのも、入部当初の黄瀬の怠惰な練習態度への制裁の名残だろう。現に頻度自体は減ってきている。
「キセキ」という知られた存在、鳴り物入りで入部した自分を、一後輩として扱ってくれた唯一人の人。
良くも悪くも、特別扱いされない。それがこんなに歯痒いと知らなかった。
(……甘える振りしてちょっと迫ってみる、とかどうだろー)
彼は面倒見がいい上に、頼られたり甘えられたりが嫌いではないタイプだろう。誕生日おめでとう、の一言くらい言って貰えるかもしれない。自分からねだる言葉でもないと思ったが、他の誰でもない、彼からの一言が欲しい。そこまで考えて、黄瀬は周囲には解らない程度に微苦笑した。
(これじゃ、誕生日にかこつけて高価な物ねだる女の子みたいっスねー)
頬杖を突く手を変えて、窓の外を見やる。雲一つない晴天――と言いたいところだったが、窓枠の隅の方に一つちぎれ雲が浮かんでいた。ふかふかと浮かび空を横断していくそれを、ぼんやり眺める。
誕生日は契機に過ぎない。黄瀬は唯、自分だけに向けられる彼からの何かが欲しいだけで、それが今日なら比較的得られやすいだろうという算段も込みだった。
(……でもやっぱ、今日、なら嬉しいよなぁ)
六月十八日、十六回目の誕生日。高価な物や大層な言葉は要らない。唯一言、たった一言。
(笠松センパイ、から言われたいなぁ)
誕生日おめでとう、と。
今まで沢山の女の子達が言ってくれた言葉の大切さが身に沁みる。それを流していた自分を恥ずかしく思う。何気ない一言でも、黄瀬が思うよりずっと大切な言葉で、気持ちだっただろうに。
(……センパイ)
好きな人、に。
祝われたら、どんなに嬉しいだろうか。
青空を映した眼を閉じて思い浮かべた人に、会いたくなった。