黒子のバスケ

0618

after

「何で入部してから三ヶ月も経ってない後輩の誕生日知らねぇだけでオレがおかしいみたいに言われなきゃなんねぇんだよ」

憮然とした表情を崩さないまま、笠松は昼飯のおにぎりにかぶりついた。きっちり咀嚼し、嚥下すると再び口を開く。

「つか、森山、お前一年全員の誕生日知ってんのかよ?」
「えー、まぁ知らないけどさー。黄瀬のはここ数日散々女子が騒いでたんだし、気付けよお前も」
「興味ねぇよ」

眉間の皺が深くなる一方だ。朝に刻まれたままその皺を、小堀が均すように親指でぐいぐいっと押した。

「幸、そんなにぷんすかしなくても」
「ぷんすかって何だよ、ぷんすかって。ガキかよ」

上目遣いで不満げに唇を尖らせた様に、流石にうんとは言えず、小堀は口の端を緩く持ち上げて言葉を濁す。
昼休み、部室に集まって昼食を取っていた三人の話題はと言えば、朝の一連の騒動についてだった。

「大体黄瀬も何だ、何であんなに意味不明の言動の挙げ句しょもっくれた顔すんだよ、周りも寄ってたかってオレが悪いみたいな空気にしやがって……」

ぶつくさと不満を零しながら、笠松は朝のことを思い出した。
信じられないものを見るかのような周囲の視線の真ん中で、笠松は逆に困惑した。何かおかしなことでも口にしただろうか。そんな困ったときには小堀だ。なぁ小堀、という言葉を遮ったのは、え、ちょ、あの、センパイ?と眉を八の字にした情けない顔を隠すことなく晒した黄瀬だった。黄瀬は、まるで恐る恐るといった態で聞いてきた。

「あの、実は今日オレ誕生日、でして……っつかそれじゃ、今日女子あんなにあんなだったのかって何も知らなかったんスか……?」
「細かく見てねぇし、唯……怖かっただけ、だし」

押し寄せてきた女子生徒達は、普段と違って何かやたら甘ったるい匂いがした。朝から胸一杯は嗅ぎたくないその匂いに若干酔いながら、思わず胸元にいきそうな視線を必死に宙に向けて。あのとき、遠くに見えた小堀はまるで釈迦に見えた。
そのときのことを思い出し、口にすることが恥ずかしくて悔しくて、図らずも目線を足下にやって拗ねた口調になった笠松の耳に飛び込んできたのは、ガンとロッカーを殴る音だった。びくん、はねた躰のまま顔を上げた。

「っな、んだよいきなり!」
「ちょ、センパイ何それ可愛い!可愛い!」

怒ったのかとは思わなかった。だが、口元を押さえてがんがんとロッカーを殴り続ける黄瀬が理解できない。いきなりどうしたんだ。いや、その前に、だ。180近い男子校生に可愛いとは何事だ。馬鹿にしているのか。笠松は日常茶飯事になった肩パンを黄瀬に見舞った。

「いった!!」
「誕生日なんだろ、よし、解った。十六になったお前を今まで以上にみっちりしごいてやっから覚悟しろ!」
「ええええええええ!?」

誕生日にそれはあんまりっスよーと嘆く黄瀬を、いつもだったら周囲もやんやと囃し立てるのだが、今日はどうしてだか勝手が違った。

「かわいそーだろー、笠松ー。折角十六になった可愛い後輩を苛めるのはどうかと思いますぅー」
「な、ふざけた口調止めろ森山! っつか苛めてねぇ!」
「今日くらいは甘やかしてやれば笠松ー?」
「はぁ?」
「わんこにも時にご褒美あげないとグレるんだぞ? そうなったら飼い主の責任じゃん」
「誰がわんこだ! 誰が飼い主だ!」

好き勝手放題して意味の解らないことを口にする周囲に埒が明かなくなり、笠松は一転無視して着替えに専念する。黄瀬がおいおいと嘆き、周囲が慰めている様を背に、黄瀬もウチに馴染んできたのかもしれないな。少しだけ嬉しくなったりもしたのだったが。


「……知ったからには、何かおめでとうくらいは言ってやった方がよかったな」

今更ではあるが、朝は結局そんな調子でお祝いの一つも言ってやれなかった。何かをプレゼントする、というのは他の部員の手前、おおっぴらにはしたくなかったが、ここ最近の黄瀬の変化を好ましく思う心もある。少しくらい何かをあげてもいいかもしれない。
そんなことを考え、どうせなら三人でちょっと何か買わないかと持ちかけようとした矢先、森山がそうだな、と鷹揚に頷いた。

「笠松、オレが首輪を買ってきてやるから、お前が黄瀬につけてやれ。きっと喜ぶぞ」
「おかしいだろ、それどう考えても唯の苛めだろ! 問題になるわ!」
「大丈夫だ、黄瀬が泣いて喜ぶから」
「その自信どっか涌いてくんのお前!?」
「首輪よりも指輪の方がいいんじゃないかな」
「それ男の後輩の誕生日プレゼントに男の先輩がくれてやるもんじゃないよ小堀!?」

話がどんどんおかしな方向に向かっている気がする。朝も酷かったが、こんな風になるなら話題に出すんじゃなかった。いや、最近どうも部活内の風紀というか雰囲気からしてどうもおかしい。主に黄瀬絡みで自分に対しての生温い視線を、時折だが感じるようになった。その原因は未だに解らないままだ。
これは近々、気合いを入れ直した方がいいかもしれない。笠松は黄瀬の誕生日プレゼントの話を頭から追い出し、説教の文句を黙々と考え始めた。



201101~