0618
before
その日は体育館は朝から騒がしかった。午後の練習中に騒がしいのはもうすっかり慣れたものだったが、その日ばかりは朝から体育館の入り口周囲に女子生徒がわらわらと砂糖に群がる蟻のように集まっていた。
「お前……よりによって蟻とは何だ、蟻とは。疲れた戦士に極上の癒しを与えてくれる可愛い女の子達を蟻呼ばわりとは、お前はどんだけデリカシーに欠けてるんだ笠松」
朝練終了後、「あいつら蟻かよ」というぼやきに耳聡く反応した森山の斜め方向に飛んだ発言にうっせぇと返すも、笠松には普段の覇気がなかった。むしろ憔悴した顔の笠松を見て、小堀がフォローを入れる。
「しょうがないよな……まさか朝一で体育館で待ち伏せしてる女の子達があんなにいるなんて、幸からしたら地獄の入り口だよな。しかも寄ってたかって『黄瀬君いつ来るの?』なんて、あぁと違うじゃ答えられない質問されたらな……」
石と化した笠松を救出した当人である小堀は、朝の悲哀を誘う我らが主将の姿を思い出して苦く笑った。
いつも以上に「女」を意識した化粧で気合いの入った女子生徒達を前にした笠松が、自分を取り囲む女子の向こうに頭二個分近く高い小堀の姿を見つけたときの顔といったらなかった。普段の鬼主将の顔をかなぐり捨てて、迷子になった子どもよろしく縋るような眼で見てくるものだから、小堀は己の手でモーゼの如く女子の波を必死にかき分け、笠松を救出したのだった。
「まぁ、後は放課後どうなるかだなぁ。こりゃもっと酷いかもしれないな」
「ホント、女って怖いっスね! オ(レ)突き飛ばさ(れ)っした!」
着替える傍ら、185の己を突き飛ばした女子生徒の猪突猛進ぶりを思い出したのか、天気快晴の暑い日にも関わらず、ぶるりと早川は肩を震わせた。笠松ほどではないが、早川もまた女性との付き合い方を知らないため、今日の出来事により「女は怖い」とその心に刷り込みがなされたに違いなかった。
「おいおいお前等まで何言ってんだ。あれはハーレムの入り口だろ、なぁ黄瀬?」
皆お前の誕生日だからって朝からあんな気合い入ったメイクして来てたんだろうが。今日の朝の有様の元凶となった男を森山が振り返る。
「はぁ……いや、本当すまっせんでした、笠松センパイ」
「そこはまずオレに同意だろ! 何だそのハーレム当然みたいな態度は! 何で笠松にまず謝る!?」
「や、実際中学のときも似たような状況だったし……」
「さらりとイラっとくるなお前!」
黄瀬は森山の言にすまっせんと返すが、その眼は疲労困憊した笠松に向けられている。女慣れしていない笠松には余程堪えたらしい。気落ちした肩を小堀にぽんぽんと叩かれて慰められている。こちらの会話もろくに耳に入っていないようだ。
「……なぁ小堀……放課後もまた、やってくんのかな……」
「……残念だけど、恐らく……」
「最悪、黄瀬を生け贄に差し出せば解決するかな……」
「口にしにくいけど、それが最善かもな……」
「ちょ、小堀先輩さらっと何言っちゃってるんスか! 笠松センパイも!」
「そうだぞお前等! 黄瀬にばっかり美味しい思いをさせてなるものか! 女の子にもみくちゃにされるなんて、バーゲンのときのブランド服のような立場にさせていいのかお前等!」
「……全然羨ましくないけどな、その立場」
はぁと盛大な溜息を一つ零した笠松は、そもそも、と口を開いた。
「何で今日に限ってあんなに女子がいたんだ?」
――そこから!?と笠松以外の全員が一斉に突っ込んだ。