count black sheeps
001
重い。
内臓が押し潰される感覚は痛みよりも苦しさを訴えて、吐き出す息が次第に短く荒くなっていく。
重い。そして熱い。
肌を撫ぜる指先は気持ち良さよりくすぐったさをもたらして、漏れた声が次第に軽く柔くなっていく。
「……さ……さま……」
熱い。そしてうるさい。
「……さん、笠松さん」
うるさい。
「笠松さんてば」
「……っっさいってんだろボケぇええ!!」
「ふぎゃ!」
どたん!と何かが転がり落ちた音に笠松ははっと眼を覚ました。
掛け布団を跳ね除けてベッド脇を見れば、思った通りそこには丸まって呻いている男が一人。
「黄瀬……テメェ、オレの睡眠を邪魔するなって何度言った……?」
ぼきぼき朝から景気よく骨を鳴らすと、ひっと慌ただしくその場に正座をした。
「だって、スね……オレお腹空いちゃって……。笠松さん、勝手にキスすんなって前言ってたから、だから起きてもらわなきゃなんないって思って」
ここのとこ、試合とかで凄く忙しそうだったから言えなかったんスけど。
ぼそぼそと言い訳をする黄瀬に、それはまた違う文脈で理解しろ、と怒鳴りたくなった。
なったが、朝からそんなに大声を張り上げてしまうと近所迷惑に繋がる。
笠松は起きぬけの第一声に酷使した喉を擦りながら、しかし小さく息を零した。
「……腹空かせてんのには、気付かなかった。悪かったな」
流石に三日間絶食させてしまったのは自分の落ち度だった。
黄瀬に誰彼構わず食べようとするなと言ったのも自分だ。
正直なところ、黄瀬がその意味を理解していないのは明らかだったのだが。
それでも笠松の鉄拳が怖いのかきちんと守っている黄瀬に対して、だから笠松は養育義務ではないが、最低限の食事保証はしなければならなかった。
確かに、心なしか彼の肌は血色が悪く、金の髪もくすんでいるように見えた。
「……いーぞ、黄瀬」
短く許しの言葉を与えると、黄瀬がぱぁと顔を輝かせた。
ベッドに手を突くとぐいとその顔を寄せてくる。
「……っ」
この瞬間、どうしても笠松は眼を瞑ってしまう。
恥ずかしさも勿論ある。だがそれ以上に、黄瀬の顔を正視することに耐えられないのだ。
触れた唇をそのままに、角度を変えて食まれる度に四肢から力が抜けていく。
指先に穴でも開けられて漏れているんじゃないかと思ってしまうほど、するすると抜けていくのは力だけではなく思考能力もだった。
ほわりと浮いてくる頭には言葉が意味を成さずに散っては消え集まっては解けている。
くてんと容易くベッドの上に押し倒され、圧し掛かられてキスされている。
その状況は理解できるのだが、抵抗しようという考えには至らなかった。
するする、どんどん、何もかもが抜けていく。
緩くなった唇の合間に舌を差し込まれ、絡め取られ、舌も思考も言葉も全部蕩けてどろどろと流れ出て。
どろどろと、蕩けたものがとろとろと。
とろとろ、と。
「……っスミマっセン! ちょ、笠松さん!?」
自分の名を呼ぶ声は焦っていた。
とろりとした微温湯から上がるように瞼をゆるゆる開くと、頬を薔薇色に染めた黄瀬が不安に揺れた金の眼で見ていた。
お前の色は、なんでそんなに眩しいばっかりなんだ。眼に痛いんだよ、その光の色。
笠松はそんなことを思った。
002
「いいか、笠松、お前らは種の違いってのを乗り越えなきゃなんないかもだがな、オレらだって乗り越えるものはあるんだぞ!」
「……急にどうしたよ、森山」
「だってオレんち神社! 小堀んち寺! 早川に至ってはまさかの修験道! どこがどう繋がろうとしても、日本国憲法第二十条と二十四条が保障してくれていても、オレらの間にはイエと宗教という巨大な障害が立ち塞がっているんだ! ロミオとジュリエットなんかまだ両家間のしがらみだけだけど、オレら三人はそれ以上の障害があるんだ! 身分が何だ、種が何だ、性別が何だ、法律が何だ! 現代日本においてもっとも結婚の障害となるものは宗教の違いだ!」
「うん、これどこに突っ込めばいいんだ、小堀?」
「……ここは是非ノリツッコミをお願いする」
「繋が(る)って手っスか!」
「早川は何にも聞いちゃ駄目だぞ……」
「ちょ、こぼっさん耳押さえんのやめ、やめて下さいっす!」
「そもそもオレ、別に黄瀬とどうこうって話じゃねぇんだけど」
「……え……!?」
(毎晩一緒に寝てキスして抱き憑かれてても尚そう言っちゃうのか幸!!?)
「そう思うでしょ、そう思うでしょ小堀さん! でもね、実際ほっとんどオレ犬の姿なんで! キスも抱きつくのも最近規制緩和されたけど、でも犬モードじゃないと寝るのは絶対許してもらえないんスよ! あああでも犬モードだと笠松さんが温いっていって抱き締めてくれるから嬉しぃひいぃいいい!!」
「……何にも聞こえてないよな小堀?」
「……」
(そもそも何で黄瀬はオレの心の声が聞こえたんだ……)
「何言ってんすか! 主将、主将!!」
「……笠松」
「ンだよ森山」
「種の違いは乗り越えられても、流石に獣姦は引くからな? やめろよ、そのときはちゃんと人間の姿とってもらえよ?」
「……!!?」
「何すか、森山サン何言ってんすかこぼっさん!?」
「駄目だ駄目だお前は絶対に聞いちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だオレ……!」
「……!」
(小堀さんが動揺するなんて何てレアな……!)