黒子のバスケ

agrypnia:Age 16 and 18. in Fall

01

センパイの光はいつだって強烈で明るくて思わず眼を細めてしまうときがある。実際に光を放っているわけではないけど、センパイのことを真正面からはっきりと見ることができなくて、思わず眼を眇めて仰ぎ見るようにしか見れないときがある。

端から見たらオレが見下ろす恰好であっても、オレはいつだってセンパイを仰いで見ていた。オレのずっとずっと前を歩く人。オレが止まっても止まってくれないくせに、何歩も先で立ち止まってオレを呼んで待ってくれる、そういう人。
いつも二三歩分くらいの距離がオレとセンパイの間にはあって、追い付きたくても追い付けないその距離を埋めようとオレはいつだって懸命に足を動かして手を伸ばしていた。

今日もいつもと同じように、二人きりでの帰り道。周囲をきょろりと見回して誰もいないことを確認すると、オレは隣のセンパイに言った。
「センパイ」
手、繋いでも良い?
小さな声でのお願いにセンパイは眉根を寄せて見上げてきて、それが嫌そうな顔なのかといったら不意打ちを食らったときの唯の条件反射だ。でもその眼から何も読み取れなくなったのは、いつからだっただろう。
センパイは何も言わずに前を向いた。良いも悪いも言わない、そういう態度。

最近、こういう態度が増えた気がする。気の所為と言えばそうかもしれないけど、曖昧な態度はセンパイの顔を陰らせて、ふっと光が弱くなる瞬間がオレにはどうしてだか酷く怖かった。センパイの光はいつだってオレの足元と行き先を照らしてくれていて、だからオレは何の躊躇いもなく一歩を踏み出せて歩けていたのだけど。
センパイ自身の足元と行き先は、じゃあ、どうやって照らされていたのかなんてオレには解らなくて、知る由もなくて。

返事がないのをいいことにオレは沈黙を許可と捉えてぞんざいに投げ出されていたその指を絡め取る。触れた瞬間に怖がるように揺れたのも気の所為に違いない。ぎゅうと繋いだら、漸く、痛ぇよと苦笑混じりの声がした。





消えそうだ。
(だから手を繋いでいて)


02

報われることを前提に愛を求めているわけじゃない。そうは言いながらも、報われないことが解りきっているのに愛するのはつらい。けれども誰を愛するかなんて選べない。だからつらい。お前なんかに会わなければ良かった。お前なんかいなければよかった。繰り返して、お前がいないことを想像した。つらい。つらいよ。

――センパイ、と自分を呼ぶ声に思考を遮られる。センパイ、どうしたんスか。確かに隣にいて視線を向けていたはずなのに、ピントがずれた写真みたいに呆けていた像を慌てて結んだ。焦点をあわせて見据えた顔は、どこか寂しい。街灯の逆光になってよく見えないはずなのに、寂しい顔をしているのだけは解って、何でそんな顔をするんだ。胃がぐっと引き絞られた。何でオレといるときに、そんな寂しい顔をするんだよ。
耐えられなくなって、黄瀬、と名を呼ぶ、前に。抱き締められた。強く。強すぎるくらいに、強く。

夜で人気も少ないとはいえ、公道。そんな場所で、するはずがないと思っていた行動に、呆けた頭をすぐに引っ張り戻す。離せよ、黄瀬。反射で手加減無しに足の甲を踏んだ。跳ねた躰は、それでも頑なに閉じ込める腕の力を弱めなかった。離せ、黄瀬。ヤです。――テメェ。だってセンパイが寂しそうな顔、するから。

オレと一緒のときに、そんな顔されたくないのに。

だからセンパイが笑ってくれるまで、このままっス。駄々を捏ねる子どもは言い切って、その言葉に嘘偽りはないと言うように一層抱き締める腕に力を込めてきた。腕どころじゃない、全身で拘束される。密着した胸と胸で、そのとき初めて黄瀬の心臓の音の速さに気付いた。





寂しそうだ。
(けれどお願い笑っていて)


03

時折、本当に時折、泣きそう、と思う瞬間がある。
そう思わせるのが彼の眼なのか声なのか指なのかまとう空気のにおいなのか解らないけれど、あ、泣きそうだ。晴れた空からぽつんと雨粒が落ちてきたみたいに、唐突に感じる水気。それを含んでふやけかけた彼という存在に、オレは手を伸ばしてしまう。止めようと思っても止められない。あっという間に頬に到達した指は彼の眦を拭うように撫でるためだけに動く。
「……何だよ、急に」
眉間に刻まれた皺は不機嫌よりも戸惑いを色濃く表していて、それからオレの眼を見て揺れた黒に、あぁまただ。思った。あぁ、またなんだ。
「……お前、何泣きそうな面してんだよ」
頬に到達した指はオレの眦を拭うように撫でるために動いて。
「泣く暇あったら、がむしゃらに前向いとけ」
言葉と裏腹に泣くのを許すみたいに頬に添えられた掌に、自分のそれを重ねた。





泣きそうだ。
(なのにどうして前を向くの)


04

センパイとキスするとき、凄く心臓痛くなるんスよ。黄瀬が笑う。何か、泣きたくなるときみたいに、ぎゅって痛くなるんス。黄瀬は笑う。何でっスかね、胸が締め付けられて、苦しいんじゃないけど、うん、何か、痛いんス。
そういうお前は、今、まさにその泣きそうな顔をしているのだ、と。
指摘しようと開きかけた唇は塞がれる。あぁ、やっぱり、痛い。笑った顔はやっぱり。――なぁ、黄瀬。触れて、離れて、重ねられて、交わらせて。キスの合間の呼吸に乗せて心で叫んだ。なぁ、黄瀬。もう終わりにしよう。もう、終わりにしたいんだ。叫んだ。

お前が泣きそうになるのは、きっとオレをこんな茶番に付き合わせてることを無意識に解っているからなんだろう。





苦しそうだ。
(そして何故だか痛ましい)


05

ゆっくりとセンパイの中に熱を沈めていく。力を抜いてくれないときついのはお互い様だったから、センパイにもうちょっと力抜いてと頼む。
もうこの行為は両手では足りないくらいにしていて、それなのにセンパイはまだ何処かで怖がっているのか、奥歯を噛みしめてまるで耐えるように眼を瞑ってシーツを掴んで。ねぇ、センパイ。

再度宥めるように声をかけると、うっすらと水の膜に覆われた眼を開けて見つめてきた。奥歯を噛みしめてまるでそれ以上涙が零れるのを耐えようとするみたいに、眉間に深く皺が刻まれて、シーツを掴んだ手で隠されて。その見えなくなった涙が、どうしてだか近頃よくする、あのふっと泣きそうな気配を感じさせるセンパイを思い出させて、何だか急に胸が苦しくなって、それを誤魔化すように一気に奥まで自分を突き入れた。

センパイが大きく仰け反って、反らされた咽喉の奥で、でも声は殺されて。喘ぐ声も、泣く声も、何も聞こえなくて。咽喉の奥の、さらに奥、心臓よりももっと下、腹の部分で声を乗せる呼吸から既に殺していたのだと、だからいつも力を抜くことができないのだと。

気付いてしまったら、今度は意地になって。

センパイの腰を掴んで唯センパイが感じるところだけを激しく突き上げる。躰の奥の固く閉じられた扉をこじ開けるように、その奥の心も突き破るように、壊れる寸前その声が呼び、その指が縋るのが自分であるように。何度も何度も。センパイ、笠松センパイ。何度も、何度も名前を呼んで。

お願いだから声を出して、オレの名前を呼んで、オレのことを求めて。

指とシーツのつくる波が更に深くなって、それが彼の答えだった。





壊れそうだ。
(それでもごめんね手放せない)


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さみしい連作:16歳と18歳:秋

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