mellow out
小休憩になるや否や、小堀先輩、小堀先輩ちょっといいっスか、とその端正な顔に似合わぬ鼻息の荒さで後輩が詰め寄ってきて、さてこれはどうしたものかと、この場にはいない幼馴染みの顔を思い浮かべた。
「――でですね、あの、森山先輩が『お前なんかより小堀の方が笠松のこと知ってるっての』って! そんなことあっていいはずないのに! 言うんスよ!! なのでこれは真偽を確かめないとって!!」
最初の剣幕には少し気圧されたものの、話を聞けばいつもの黄瀬だったので、小堀は口の端を僅かに上げた。相変わらず笠松のことになると見境ないなと頬を伝う汗をタオルで拭う。
入部当初は周囲との距離や軋轢にもさして気に留めない風だった男が、今ではすっかり溶け込んでいることが嬉しい。その中の一人に対してはいささか溶け込み過ぎたきらいもあるが、お互いに了承済みのことなのだろう、口を出す野暮はしないようにしていた。
だからそれとなく、差し障りのない程度にそんなことないと思うけれど、と答える。
「オレだってゆ……笠松とは中学からだしなぁ」
中学時代の癖のまま、つい下の名前で呼びかけて、即座に切り替えたものの手遅れだった。眼の前の、モデルを務められるほど整った顔がくしゃりと歪む。そして何処からか高笑いまで聞こえてきた。
「――ほらまずその『幸』呼びね! うっかり出ちゃう幸呼びね! 黄瀬お前は既に負けている!!」
「ってかお前がこぼっさんに勝てるものなんて何にもねぇ! 何一つねぇ! こっか(ら)もねぇ!!」
「うわあああああああ!!! 負けてねっスよ、そんな呼び方一つで負けてねっスよ!? 経験値は多分絶対オレのが上だし! オレだって呼ぶし、最中はどさくさに紛れて下の名前呼んじゃうし幸男さんって言っちゃうし?! そうなると意識してないだろうけどきゅって緊張しちゃう躰の具合とか、感じるところとか、逆に感じにくいところだってオレ知ってるんスからね?! 知らないでしょ、小堀先輩知らないでしょっていうか知ってたらオレもう笠松センパイ拉致って二人だけの世界に暮らしますんで探さないで下さいね!!!?」
「……落ち着け、黄瀬。大丈夫だ、色々と聞かなかったことにさせてもらうけど、大丈夫だって」
野暮なことを言わないようにしようとしても、自分から晒け出してくるのは避けようがない。外野の森山と早川の言葉を苦笑で流しつつ、小堀は興奮に頬を紅潮させている黄瀬を宥めた。
「あのさ、黄瀬。オレはほら、単純に付き合いの長さの分、お前より幸のこと知ってるのは当然だろ。でも、それだけで測れるものの方が少ないとオレは思うけどな」
だって、お前と幸は出会って半年も経ってないのに、な。そう続けた言葉が、黄瀬にとっては思いも寄らなかったものだったのか、眼をまん丸くした。その眼には次第に甘い蜜色がとろりと溢れそうなくらいに満ちていって、それから。
「……そっスか、ね」
ほろりと零れた甘く柔らかな笑みに、小堀もつられて微笑んだ
mellow out:《俗》気分がほぐれる、まるくなる[する]