unhapppy valentine!
バレンタインだと気付いてしまったら、終わりだった。
「どした笠松?」
「え、や、別に? 何、でも?」
「……幸、シャツ前後ろ逆」
「え、あ!」
自由登校期間、躰が鈍らないようにと後輩達の邪魔にならない範囲で練習に参加していた森山と小堀は、同じく練習に参加していた笠松の様子がおかしいことに気付いていた。
他の部員よりも一足早くに引き上げロッカーに戻ってきたのも、練習中の笠松の動きが鈍かったからだ。この時期に万が一怪我でもしたら、スポーツ推薦で進学する予定の身だ、致命傷に繋がりかねない。笠松は他人に対しての気遣いの反面、自身の調子を後回しにすることが時折あったので、小堀と森山はそれとなく気を回す癖がついていた。その結果が今回のこれだった。
そして予想通り、笠松の調子はおかしかった。Tシャツならまだしも、よりによってシャツを前後逆にしているくらいだ。おかしいことこの上ない。
「そういや今日、バレンタ」
「……幸、ネクタイ蝶結びになってるぞ?」
「お、おお」
「モンチッチみた――いったい!! 何でオレにはタオル投げつけてくんだよ!」
「お前が余計なこと言うからだろうが!!」
「幸、余計に固結びになってる」
「あれ!?」
笠松がリボンタイを着けた様は、普段の無愛想な感じから一転してそれはそれで可愛らしいものでもあったが、いかんせん普段はけしてしないだろう格好での普段通りの行動に小堀も苦笑するしかない。
「あ、れ? 解けない?」
「ほら幸、いいよ。オレやってやるから貸しな」
「おぉ……ありがと……」
伸びてきた掌にタイを乗せ、小堀の腕の中に収まるように背中を預ける。下に兄弟がいるのは笠松も小堀も同じだったが、海常高校バスケ部内で言えば長兄のような立ち位置にいるのが小堀だった。小・中と付き合いがあり、気心の知れた関係となっていることもあって、笠松も小堀に対しては素直だ。
「今日はどうしたんだ、幸? 昼頃からおかしいけど……黄瀬へのチョコ、買い忘れてたのか?」
――だからこそ、小堀の予想外の言葉にも拳や脚が飛び出すことはなく、ぐるり振り返るだけに留まった。真っ赤になった顔が、その言葉がほとんど正解だと教えた。
この顔見たらあいつ喜ぶのかなぁと、今日はモデルの仕事で部活に遅れている後輩のことを思い浮かべる。いつもセンパイはオレに厳しいと嘆く男だから、彼には見せないだろうこういう表情を見たら、嬉しがるんじゃないだろうか。思わず頬が緩む。
「っな、んでオレが!」
それでも声を裏返らせて反論する笠松に、小堀は穏やかな笑みを浮かべた。
「違ったか? だったら悪かったな。唯――さっき、女子にチョコ渡されて以降おかしくなったからさ」
「――っ」
「え、笠松に遂に直接チョコを手渡すなんてどんだけ勇者! チョコも勇者仕様でポイズンクッキングか?」
「渡してくれた女子に失礼だろ!!」
間髪入れずに茶々を入れてくる森山に、小堀が間に入っているため今度は手も足も届かず、そして投げつける物も近くになかった。睨み付けるしかできない笠松に、森山はにんまり笑う。森山はこれを「小堀の盾」と呼んでいるが、それは笠松の預かり知らぬところだ。
「っていうかお前、黄瀬にチョコ買ってやってないの? それは可哀想だろー。黄瀬って案外乙女だからこういうイベント好きだろーになー。本命チョコのために他のチョコもらってなかったりするかもなぁー。あーもうここはいっそ『チョコの代わりにオレを――』って、小堀絶対笠松放すなよ、絶対放すなよ!!!」
「放せ、小堀放せ……!! オレはアイツを土に埋めて黙らせる……!」
「まぁまぁ、落ち着け幸。森山もチョコの代替案を出してくれてるだけだと思えば、な?」
「そんな情状酌量オレは求めても認めてもいない……! 小堀でも、小堀でもだ……!! っていうか、」
何でオレがあげる方、なんだよ……!
笠松の口にした言葉に、小堀と森山は眼を丸くした。
「…………え?」
「だから、オレだってもらえる方だろ! 何で上げる方だけに絞られてるんだよ!」
確かに、笠松も男だ。そしてバレンタインというのは、従来女性から男性にチョコレートを渡すというものだ。よって、笠松ももらう方だ。小堀も当に今日、その現場を見た。
だが、黄瀬と笠松の関係を知っている身として――所謂そういう関係もあるのだろうと予測がついている身としては、笠松が黄瀬にあげる、という構図しか思い浮かばなかった。
まさかの反論に、森山と小堀はしどろもどろになってしまう。
「や、まぁ、言われたらそうなんだけど……なぁ、小堀?」
「うん、いや、何か黄瀬があんまりもらい慣れてるイメージが強すぎてさ。いや、幸だってもらってるの知ってるけどな? いつも靴箱とか机の中とか、直接手渡しってないだろ? それで黄瀬のあの芸能人オーラがな?」
言い訳ともフォローともつかない小堀の言葉に、それは解るけど、と拗ねた様子で笠松が下唇を突き出す。こんなに幼い仕草が思わず出てしまうほど、二人の反応が不満だったらしい。どう言い繕おうかと視線を斜め上に飛ばしたとき、あ、と森山が素っ頓狂な声を上げた。
「も、もしかして笠松、お前――黄瀬からもらえるのかも、なんて期待してたとか!?」
森山の斜め上の発想に、小堀は飛ばしていた視線をぐいと森山に向けた。
「まさか幸がそん、な……?」
森山に向けた視線、視界の隅に、小堀は確かに見てしまった。
未だ腕の中に拘束している笠松の耳が、火を点したように真っ赤になっているのを。
そして。
「――わ、りぃかよ……!」
消えそうな細い声を、確かに聞いて。
「……そっか、幸も男の子だもんな……」
「な、何でそんなガキ扱いなんだよ、いいだろ、期待して何が悪いんだよ!!」
「笠松クン、もう君は大人の階段昇っちゃってるんじゃないのかなー……リア充滅びろよ」
「テメ、聞こえたぞ!? 滅びろって言ったな!!?」
「うっせぇ言ったさあぁ言ったさ! イケメンモデルとバレンタイン満喫することに疑い持たないようなリア充なんて滅びろ!!」
「はいはい喧嘩しない喧嘩しない。幸もほら、ネクタイちゃんと結ぶから、な?」
「――くそ、覚えてろよ森山!」
喚く森山が見えないように笠松の視界を躰で遮る。独り身を嘆く身には、この時期この二人の存在はいっそ毒だ。森山の気持ちも解らないでもない。
せめて話を逸らそうと、中断していたネクタイ締めを再開すべく、拘束していた腕を外して首元に手を移す。それに逆らうことなく、再び背中を預けて小堀がやりやすいようにと笠松は僅かに顎を上げた。
そのとき、まるでタイミングを図ったように部室のドアが開き、まるで狙ったかのように現れたのは、件の人物。がさがさと嵩張った紙袋を両腕に下げた、これ見よがしの色男の演出付きだった。
「――やっと着いた……て、あれ、先輩お疲れ様っス――って、ちょ、小堀先輩何笠松センパイ抱き締めちゃってるんスかっぁあああああ!!? 今日この恋人同士の甘い日に何大胆に堂々と横槍入れてくれちゃってるんスかぁあああ?!!」
一難去ってまた一難。両腕の紙袋の重さなど何のその、瞬く間に自分の眼の前に現れた黄瀬の鼻息の荒さに、苦笑いしか込み上げてこない。森山に笠松に、黄瀬の入り乱れ。これから部室内に吹き荒れるだろう怒号の嵐を予感して、小堀は早川がいたらもっとうるさくなってたかもなぁと、現在進行形で部活動に励んでいるだろう後輩を思った。
unhappy valentine!:バレンタインに不幸在れ!