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01
以前急いでいるなら進行方向の先頭車両に乗れと言った芸能人がいる。一番先にホームに入るからだと。始め聞いた時には呆れたけど、でも馬鹿にはできなかった。脇目も振らずに一直線に、なんていう感情を知っているかいないかの違いだろうか。でもオレは、降り立った場所にお前がいることを知っている。
02
かたかたたと音がして、振り返ればほんの少し開いた窓。親指が丁度入るくらいの隙間。閉め忘れたのかと身を捩って閉めて前に向き直ると、さっきはなかったでかい置物。お前は何してるんだ。ミスディレクションの応用スよ。巫山戯た事抜かすな。「いい加減玄関から入ってこい」楽しそうに笑うだけの犬。
03
枕に耳を押し付けている。すると遠くで烏の声が聞こえる。塒に帰る時の、細く掠れた語尾がまた何とも言えない今日の未練を感じさせる。夕暮れ時は帰る時か。それでは帰らない生き物にとって夕暮れ時は一体どのような意味を持つのか。烏の声はどのように聞こえるか。「馬鹿って聞こえるスね」納得した。
04
情欲故の行為なのか愛情故の行為なのかの判断が付かないのだと啼く男の左胸に額を押し付けてみたら拍動一分七十四、愛情故の情欲故の行為はないのかと意地悪な問いをすれば言葉に窮すること一二三、ならば愛とは野蛮なものだと吐露されてこの徒労は終着、愛情も情欲も或種の執着。教える気は毛頭ない。
05
※後天的女体化設定
少しずつ丸くまろくなっていく線を舌先で辿り、柔く弱くなっていく肉を指先で弄り、か細く息を吐く度に震える躰に独占欲を感じてしまうのは彼が彼女になりつつあるからかと考え、これはもうずっと身の内に潜んでいた楽園の蛇だったと気付いてしまうと、確かに女という性に都合の良さを感じたのだった。
06
キセキをチームに組み込むことは一種のリスクコミュニケーションだ。キセキというリスクを如何に抑えるかを想定した上でその活用を考えなければいけない。受動安全か能動安全かを考える。否、考える必要などない。受身になどなっていられない。全国優勝の為には、キセキすら飼い慣らす、唯それだけだ。
07
青峰のことを許せないのかと聞かれて困った。許すも何も。そうだよな、お前はそういう奴だ。したり顔で言われたことに無性に腹が立ってどういう奴だって言うんスか。噛み付くとセンパイは言った。お前にとって手を伸ばされるより伸ばす方が価値が重いってことだ。まるでこの関係へのあてつけのように。
08
小堀から見れば笠松が黄瀬のことを好きなのなんてばればれだったのだけれど、笠松が顔を真っ赤にしながらも認めようとしないので、幸ってでもそういうところが可愛く思われるんだろうな、ボソリ呟くと黄瀬が小堀先輩何今更なこと言ってんスかと眼の前にいた。ついに透明少年の技をコピーしたらしい
09
ねぇ、センパイの怖いもの教えて。
黄瀬が笑う。
嫌だね、何でお前にそんなの教えなきゃなんないんだよ。
覆い被さる男を退けようと肩を押すために伸ばした手、首を抑えられる。――そんなの決まってるでしょ。
オレがその怖いものに成り代わるから。
人間の感情分化は不快から始まり、快が生じる。
ならば先ず何よりも貴方の怖いものになるのが貴方を手に入れる最善策。
10
だってお前もよくされるだろ、告白?周りに高い建物もなく、星が綺麗に咲く空は濃藍。街頭に照らされた顔を染める淡い朱。自然揃わせていた歩調は癖、擦れ合った手、掠めた小指に思わず絡めた自分のそれ。黄瀬?怪訝そうな声には無言。黄瀬?心配そうな声にも無言。黄瀬。解けないのは赤い糸の所為。
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センパイお風呂一緒にしねぇよ被せるのやめて最後まで言わせて!銭湯ならまだしも、何で狭い風呂に図体でかい二人で入らなきゃなんねぇんだ。…センパイ身長詐称疑惑が…いやあの、それじゃ今度個室温泉の宿に泊まりましょ!…魂胆が透け過ぎていっそ眼を閉じたいくらいだよ。バスロマン、バスロマン!
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肌を求める理由を告げるのは後回し。躰だけかよという罵倒は過去に散々。心があることを確かめたがった在りし日の彼。その素敵な勘違い。だって抱くだけならば、彼である必要性は皆無。今はキス一つ視線一つで呆れと理解。だってオレは貴方が減ったから食べたくなるだけ。だから大人しく
頂かれて
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黄瀬が時折見せる優雅さを気位の高い猫に喩えるのは些か抵抗を覚えるのは、こうやって擦り寄ってきては浮かべる人懐こい笑顔がどうしたって爛漫な犬を彷彿させるからで、後は結局平均身長を越えているはずの自分をすっぽり抱きこめてしまうその忌々しい図体の所為だという結論。暑苦しいから離れろよ。
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貴方だけだよと嘯きながら抱き締めた躰は震えていて、こんな上っ面だけの言葉に一喜一憂するこの人は矢張り可愛いのかもしれないと企む猫の笑みで硝子窓に視線を移す。こんなに愚かで可愛い人の泣き顔はきっと不細工で甘い。真後ろの鏡がそこにも映りこんでいて、そこにあったのはほら――嘲りの笑み。
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黄瀬の動きが止まる。ひたりくっついていた腹と腹とが離れていく間、笠松は何をどうすればいいのか解らずに黄瀬の引結ばれた唇を見つめていた。何がどうなっているのか。黄瀬、と舌足らずに紡いだ言葉に呼応するように、ゆっくり顔を上げた彼はごめんね、口元だけで笑った。ごめんね、無理だ、よね。
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人生に必要なものは奪うものだというのならば、惜しみなく愛は奪うと言った彼にとって愛が人生に必要だったということなのだろうか。そう、恐らく必要だった。だって自分にも必要だったのだから。この人と、この人からの愛が。
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※年齢逆転黄笠
どうしたって相手に無理を強いる行為なのに、優しさなんて口先だけ。ゆき、ゆき。頬に寄せた唇で吸った涙の味なんて解らない。ゆき、ゆき、お願いだから、ねぇ、ゆき。「嫌わないで」ポロリ涙、顎の先にちろり熱。何だ、しょっぱかったら殴ってやろうと思ったのに。嫌わねぇよ、馬鹿涼太。ゆきが笑った
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世の中便利になったもので、声を聞きたければテープがあり、顔を見たければビデオやカメラがあり、の時代から、携帯電話一つパソコン一つであっという間に時間も距離もお構いなしに繋がれる。けれど、けれど。何だそれ?ん?手元を覗き込んでくる森山に読まれる前に裏返して隠してしまう。「これはな」
俺の我儘だよ。(声を聞いたら顔を見たら、躰に触れて口付けてその匂いに包まれたくなるから、黄瀬の写っていない黄瀬からの写真を)