べるぜバブ

願うのなら、切り裂け。望むのなら、もぎ取れ。――希望は、極上の絶望だ

もしかしたら、と思う。もしかしたら、もしかしたら今度こそ。
そうやって募らせた希望が崩れる瞬間がまさしく絶望で、きらきらと淡く光っていたはずのものが酸化した血よりもどす黒く変色してぽつねんとそこに残る。それも、まさしく絶望だった。希望が結実して熟して、そしてできあがったのは、甘い甘い果実のような、絶望だった。



古市が、眠っている。
それを眼で確認するよりも前に耳で確認する。すう、すうと規則正しい寝息が聞こえる。すう、すう。耳に優しく肌に馴染む、生き物が静かに安らかに休息する音を男鹿は眼を閉じたまま聞く。
互いの家に泊まることなど珍しくなく、既に男鹿宅には古市専用の布団が存在した。男鹿には他に友人という友人がいないのだから結果的に専用になってしまっているだけだったのだが、その過程はさして男鹿には重要ではなかった。気付けば古市専用の布団が、男鹿の家にはあった。
古市が眠っている、その横で男鹿は寝返りを打つ。状況的には古市と向かい合っているが、男鹿はベッドで古市は床に敷いた布団だ。このまま転がり落ちれば古市の真上に落下する形で向かい合えるだろうが、流石にそれは止める。男鹿が古市と目線を合わせるために少し顎を引くようになってから、考えるだけで止めることが少しだけ増えた気がする。すう、すう、この息の音だけでどうして寝ていると判断できるのかは解らなかったが、古市が寝ていることは解っていた。だから、そっと眼を開けて上半身を起こした。
カーテンの隙間から漏れる光は街灯か月か、ほのかに室内は明るい。今の今まで何よりも暗い闇を見ていたのだ、男鹿の眼には普段通りの室内が良く見えた。古市が居ることさえ、既に普段通りの範囲内だ。
身を乗り出すようにして一段下にある顔を見れば、柔らかな明かりに透ける銀髪が揺れ、瞼がひくりと動いた。くっと息を止めて暫く様子を伺えば、直ぐにまたすやすや眠る子どもになる様を見つける。
古市が眠っている、それを眼でも確認して、それじゃあ後は何で確認すべきか。男鹿は音を立てないよう羽毛布団を除けると、薄氷の上を渡るよりも慎重に古市の眠る布団の端に足を下ろした。そのまま眠る古市の顔の横に手を突き上体だけ覆い被さると、古市の顔は男鹿の落とした影の中に収まった。もう片方の手で耳に触れると温度差を感じた。ほんの少し冷たい耳朶を指先で遊ぶ。
眼でも、耳でも、肌でも古市が眠っているのを確かめて、それじゃあ後は。
顔をゆっくり、下ろしていく。近づけていく。髪が触れて息が触れて鼻の頭が触れて。このまま、今度こそ。もしかしたら、今度こそ。触れて、離れて。


古市は、眠ったままでいる。すやすやと無防備に、すうすうと寝息を立てて、死んだように、眠っている。一段上のベッドで、男鹿は唯眼を閉じている。
古市の誕生日、正月よりも始業式よりも明確な、新しい一年の始まり。
彼の眼がその日最初に映すのが自分だったらいいと思うようになってから、もうどれだけ経ったのだろう。


男鹿と古市
誕生日おめでとう、古市

勝手に期待して絶望している、その独りよがりな感情の名前