べるぜバブ

知っているか、文字が人を殺すという事を

その数字を見つけてしまったとき、確かに死んだ。





「男鹿、やったじゃねぇか、ちゃんと受かってんぞ!」
自分とは対照的に、先まで地の底辺にばかり視線を彷徨わせていた男は、今は打って変わって首を仰け反らせて白い木製の板に貼られた一覧の最上部を指差していた。背景の青が眼に眩しい。眼を細めたのは、そういう理由だった。こちらは嬉しさに細まった眼で、喜色を帯びた声と顔で自分を見た幼馴染は、良かったなぁと言葉を続けた。
「最低限の最低限しかやれなかったけど、ちゃんとそこだけはやったもんなぁ、お前。こりゃ急いで知らせてやんなきゃだな」
その最低限というのも、中学校一年時の基礎を復習に次ぐ復習で、それしかやらない代わりにそれだけはやれるようにする、というものだったり、面接の時には敬語を使うようにするだったり、この日本に生きていて殊更改めて教える必要はないだろうという類のものだった。
それはしかし、一旦思考の脇に置いたのか、まず親だろ、家族だろ、それから……担任だな。あいつ、受かるわけないみたいな顔でいたもんな、ざまぁみろ。さぞかし気分が高揚しているのだろう、息を付く間もなくそれじゃあ次は合格手続きだな、何処でやるのか聞いてきてやる。自分のことでもないのに、率先して悲喜交々の広場の片隅にいた大人しそうな教諭に声を掛けに行く。
本当、何であんなに嬉しそうなのだろう。男鹿は不思議に思わずにはいられなかった。今日の公立高校の合格発表日よりも二週間ほど前に、既に私立高校の合格発表は終わっていて、古市は県内でも上位に入るだろう高校への入学を決めていた。
『男鹿、やったぜ、合格!』
絵文字も顔文字もない、短いメールに込められた感情の大きさに男鹿が漸く返したのは「そりゃよかったな」という一言だけだった。古市の受験の合否の発表がいつだとは知らなかったが、彼から無題のメールが昼前に届いたとき、あぁ今日だったのか。漠然と思ったのは覚えていた。
すぐさま「お前もう少し祝えよ! 喜べよ!」という苦情のメールが届いたが、それは誠心誠意を込めて無視をした。男鹿に古市の合格を祝えるはずがないということくらい、他の誰でもない、古市が解っているはずだった。
そのときもやはり馬鹿のように喜んでいたが、今日のこれはそれと同じくらいの喜びようだと思った。全く、酷く自分勝手な男だった。
「あー、これでもう中学生活においての心配ごとは解消されたっつうか……」
本人でもないのに入学書類一式を受け取ってきた古市は、男鹿に手渡しながら晴れ晴れとした笑顔だった。それを見て、こいつは本当は気付いていないんじゃないか、と思った。次の春、学校には一人で向かうことになるのに。
「……彼女いないのはいーのか、別に」
「それを言うなぁあああ!」
古市にも理由は違えど同じ気持ちを味わわせるべく口にした一言だったが、まだ後一ヶ月は中学生なんだから作れる、彼女作ってみせる。古市が半ば泣きながら宣言した。どうも自分のこの感情とは違うようだった。


男鹿と古市

(既に固化した言葉たる文字、その死者の破壊力の何たるか)