生まれ変わるものは何もない
八月の三十一日。男鹿の誕生日。それは知っている。知っているが、それだけなのが古市だった。出会いから十一回目の八月三十一日。一足早く古市より十六になった男鹿は、しかし昨日と何も変わっていなかった。細胞レベルでは変わっているのかもしれなかったが、外見レベルと知能レベルでは全く変わっていなかった。
そんな相変わらず残念な男鹿が本日プレイしているのは、過去の名作シリーズその一だった。確か初めてプレイしたのは小学生の時分だったはずだ。リバイバルというのは嬉しいもので、ゲーム機本体が使えなくなったりソフトが駄目になったりして二度とできないのではと思っていたゲームでもこうやって再びプレイすることができる。
「……高校生ってのは、いーよな」
一段落つけた男鹿が、からんとコップの氷を鳴らしながら古市を仰いだ。ベッドにもたれかかる男鹿を、ベッドの縁に座った古市はどうせしょうもないことなのだろうと思いながらも、律儀に返す。
「何が」
「夏休みの宿題ねぇだろ」
「……」
それは多分に、夏休みに入ってすぐに校舎が全壊し、その後処理と在校生の割り振りに東奔西走していた教師達にそんな余裕がなかったためであり、そもそも何故校舎が全壊したのかといえば、それはお前の所為だろうが、男鹿。因果関係を考察する能力に欠如している男鹿を見る自分の眼に、零れそうなほどの哀れみが湛えられていることに古市は気付いていた。
「お前、それでももう十六なんだな……」
「あ?」
男鹿の手からコップを奪い、呷る。溶けた氷の所為で薄くなっていたが、炭酸飲料独特のしゅわり弾ける泡を咽喉の奥に感じ、まぁ潤せるだけいいと自分を納得させた。
「おい、古市、オレが十六になったの気付いてたな、お前」
後頭部をがんがん垂らした脚にぶつけられて、さわさわした髪の感触がくすぐったくて脚をベッドに上げることで攻撃から回避する。
「お前、何回目だよ。もう十一回目だぞ、人生の半分以上だぞ。気付きたくなくても解るっつーの。しかも夏休み最終日って解りやすいオプション付きでよ」
「気付いてて何もねぇのかよ」
「あ?」
「プレゼントープレゼントー。古市君から心の篭ったかどうかはどうでもいいけど何か欲しいなぁー。欲しいなー」
「うっぜぇ!」
上げた足を再び下ろすと同時に、男鹿の肩をげしりと加減なく蹴る。この攻撃、そのダメージは蚊以下だと自負している。事実、頭を仰け反らせて古市を見ていた男鹿はそのままの体勢を維持していた。
「ほら、今蹴りくれてやったからそれでいーだろ」
「それはプレゼントとは言わねぇぞ、古市」
「ドMにとってはプレゼントになんだよ」
「オレ、Mじゃねぇし。どっちかって言うと、お前のがドエ……」
「黙れ」
今度は脳天に踵を落とす。体重を乗せられなかった分、その威力は最大時の半分ほどになっていただろうが、ごきんと己の踵と男鹿の頭蓋との間に火花が散った。
「……っ古市、お前、馬鹿だろ……」
「っせぇよ……!!」
ダメージをより多く受けたのは、当然のように古市だった。踵を必死に擦る古市を、男鹿は再度馬鹿め、と踵を落とされた部分を擦りながら笑った。
「だっせーの」
「っさいわボケぇ!! お前の頭が硬過ぎんだよ! 石か、石が詰まってんのか!?」
男鹿ならそれもありえる。繰り返される喧嘩によって硬化した脳味噌が石のように硬くなっていても、男鹿ならありえると思える。何故ならば、男鹿はありえないことに現在魔王の親代わりなのだから。
「――ってか、古市」
涙を浮かべて痛がる古市に、躰ごと向き直った男鹿に対し、何だよとつっけんどんに返す。
「お前、何で今日ウチ来たんだ?」
今までは夏休みの宿題があった。みさきなどにも頼まれて、可愛い女性に頼まれては断れない古市は、毎年恒例行事さながら最終日は男鹿の夏休みの宿題を手伝ってやっていた。しかしそれは昨年まで。今年、夏休みの宿題はない。
「――ま、来ちまったんだから別にいーだろ」
「それもそーだな」
そこで会話が終了し、同時に今度は古市の手からコップが奪われる。お前何でこんな微妙な量残すんだよと文句を零しながら、男鹿はコップを傾ける。からん、残っていた氷ごと男鹿の口の中に全部が消えた。
男鹿と古市
誕生日おめでとう、男鹿