人間の本性は悪、故に
時々どうしようもないことを考える。たとえば、男鹿が不良ではなくスポーツマンだったらどうなっていたんだろう、とか、そういう夢物語もいいところな、どうしようもなく、かつ下らないことをだ。
古市はコートに文字通り突き刺さったボールを見て、壁に人の頭をめり込ませる男の力に耐え得るバレーボールの強靭さについてまで考察しそうになり、軽く頭を振り被った。メンバーを入れ替え入れ替え行っている練習で、古市は現在休憩の番だった。
先程ヒルデガルダに食らった強烈なスパイクは古市の顔のど真ん中を綺麗に、それはもう綺麗に捉え、お陰で現在、両方の鼻の穴にティッシュを詰め込むという中学校三年生以来の事態になっている。あのときは確か、初めて洋モノのビデオを見たのだったか。モロだよ、モロ!とテンションの天辺を突き抜けて横を見れば、退屈そうに鼻をほじる男鹿がいた。
(……こいつに、こう、晴子さん的な人現れたりしたらどうなってたんだろーなー)
バスケットはお好きですか?なんて赤毛リーゼントに言える、可愛さと度胸を兼ね備えた女子高生が男鹿の眼の前に現れる可能性について考える。少なくとも男鹿ハーレム状態を目の当たりにしている人間としては、完全にないとは言い切れなかった。それが非常に悔しい。
胡坐を掻いた状態で、ぐでんと壁に背中を預ける。視線を少しずらせば、古市がこよなく愛する女子の方々がそこにいる。関東最強レディースの面々も割合レベルは高かったが、その向こう、男鹿の嫁の扱いを受けている、金髪美女オプション巨乳の悪魔に眼がいった。今日もシャツがはちきれんばかりの巨乳が眩しい。
(ヒルダさんとか、設定的に良い線行ってたけど、内容的に完全アウトだもんなー)
何せ人間を滅ぼす魔王を一緒に育てよう、と言うのだ。ところどころを都合良く聞かなかった振りをすれば、とんだラブコメになる可能性もあったのだ。それなのに、何が悲しくてその主人公になれないどころか、巻き込まれて以前にも増してブラッディな日々を送らねばならないのか。古市は人生のままならなさを改めて痛感した。コメディは兎も角、ラブがない高校生活なんて高校生活の価値を99%以上失っていると言ってもいいくらいだ。
(どっかで、あればよかったんかね)
喧嘩以外の何かがあれば、桜木ばりに有名なスポーツ選手になっていたかもしれない。今でも有名は有名だが、どちらかというと悪名だ。いや、桜木も不良としては悪名高かったんだっけか、今度スラダン読み返してみよう、というところまで思考が及んだとき、ボールが姫川のリーゼントを二つにぼっきり折っていた。
怒号が体育館に響く中、顔の半分が折れたリーゼントの先端で隠れた姫川を見て、男鹿の背中に張り付いた魔王がきゃっきゃと笑っている。人のアイデンティティも同然のものが壊れて喜ぶなんて、流石魔王。その無邪気さに呆れながら、唐突に、でも不良じゃない男鹿は男鹿じゃないんじゃないか、と。そんなことを思った。
(っていうか、不良っていうか唯の馬鹿だし)
有り余る力を喧嘩の方向に最大限出力しているだけで、危険なものに手を出しているとか、恐喝だとか、そういったことは一切していない。暴れん坊将軍ならぬ、暴れん坊高校生なだけだ。暴れん坊じゃない男鹿なんて、ラブがない高校生活と同じくらいにありえない。
男鹿という人間はずっとこのまま、当然のように言葉ではなく拳で語るものなのだろう。語り合う前に一方的に終わる会話である点は、やはり考慮の必要があるが。そういう人間を不良という人もいるのだろうが、少し考えれば解る。ボクサーだって拳で語り合っている点では同じなのだ。
鼻に詰めたティッシュを取ると、鼻血は止まっていた。折角の休憩も、そろそろ終わりかと背中を伸ばした途端。
「――古市!」
お前、もう入れ! 古市を呼んだのは、姫川の訴えを完全に無視し続けるのが当たり前のような態度の男鹿だった。
古市