黒子のバスケ

sofa lizard

「これなんかいいんじゃないスか」
「あー、いいな。格好いいつうか、うん、いいな」
リビングのモデルルームに据えられたソファを指差した黄瀬に、笠松もこくり頷く。
モノトーンを基調にした部屋の中の、その革張りの黒のソファは余計な装飾や機能を一切剥いだもので、いっそ無骨さすら感じるようなものだった。二人暮らしのリビングに置くにしては少しばかり大きくもあったが、しかし住民の体格を考えれば妥当な大きさだった。
深く腰掛け背にもたれた笠松は、軽く頭を仰け反らせて、ソファの後ろに立っていた黄瀬を見上げる。
「どっスか座り心地?」
「うん。いーぞ」
黒の革張りソファなんてものは、黄瀬の家以外ではついぞお目にかかったことがない。笠松はぼふぼふと軽く腰を浮かせては沈ませ、まるきり子どものように座り心地を確かめる。あまつさえ、きょろり周囲を見回して人が疎らなことを確かめると、ごろりと横になってさえ見せた。
平日の午前中、敢えて人が少ない時間帯を選んでやってきているのだからそんなに警戒心を働かせなくてもいいものと思う。だが、これはどちらかというと自制心の方に寄った行為だったかもしれない。
普段黄瀬の子どもっぽさを指摘する立場としては、おいそれと自身が子どもっぽい行為をするわけにはいかないと思っているのだろう。ましてやここは公共の場、常識を外れた行為を慎むこと自体には黄瀬も同意だった。
(――でも、まぁ家具選びに来てんだし、こんくらいは許容範囲でしょ)
笠松もこれから二人で暮らせることを嬉しく思っている。それが行動の端々から知れる。たとえば最寄り駅に到着したとき、少し早足になっていたこと。たとえば黄瀬が専用の買い物袋を手にしようとする前に、カート二つくらい必要かなと問うてきたこと。
平素ならば、それは全部黄瀬が取るだろう行為だった。
普段、喜怒哀楽の怒の部分ばかりを露わにしていることも多いが、実際笠松という人はとても感情豊かな人だということを、黄瀬は付き合うようになって知った。高校時代、部活で見ていた笠松は責任の一言の下に全てを押し殺していた部分があったから、余計に強くそう感じるのかもしれない。
そんなことを内心言い訳のように思ったのは、すっかりソファの上でくつろいだ表情でいる猫、もとい笠松に覆い被さってあんなことやそんなことをしたくなったからだ。ここは公共の場、公共の場、公共の場と呪文のように心の中で三回唱える。
乱れに乱れている黄瀬の心を露知らない笠松は、ソファの海に沈んでは浮かびを繰り返した後にほわり笑んだ。
「うん、負担も少ないし、値段も手頃だし――これにすっか?」
横になったままで話しかけてくる笠松に、いっそ事故を装って覆い被さってしまえ、店員にはプロレス好きなものでと押し通せという悪魔の囁きに若干耳を傾けそうになる。だが、黄瀬は白線上で何とか堪えた。
「――センパイ、ソファで寝ること前提に選んじゃ、駄目っスよ」
「うっせぇな、どっちかっていうとお前だろ、」
お前直ぐ寝転がるじゃねぇかと唇を尖らせて反論する笠松に、だからどうしてそういう仕草してくるのかなそれはオレの理性への挑戦スか!といっそ地団駄を踏みたくなる思いで黄瀬は堪えた。
「あー、オレこのままここで寝たいー。後お前適当に見繕ってパンフもらってまたここに戻ってこい」
「いっくら平日で人少ないからってそのジャイアニズムどうなんスか!?」
(後折角二人で来てんのにそれってどうなんスか?!)
わざわざのこの日この時間帯――まがりなりにも雑誌の表紙を飾る程度には実力と人気を兼ね備えている黄瀬が、落ち着いて買い物ができるようにと二人で決めたのに。
恨みがましい眼で見つめれば、笠松は器用に片方の眉だけを上げた。
「冗談に決まってんだろ。オレだってそんくらい弁えてるわ」
先までのゆったりとした稚い動作から一転、がばり身を起こし立ち上がった笠松は、セットで据えられていたローテーブル上のタグを確認する。商品番号から商品の配置番号までを手早く手元の専用のメモ用紙に書き写すと、ほら次行くぞ。黄瀬の尻を叩いた。
「痛っ、こんなところでそんなスキンシップどうなんスか!」
「スキンシップ言うな気色悪い」
「言うに事欠いて気色悪いって!」
モデルに向けられる言葉としては容赦ないその一言に喚き散らかす黄瀬だったが、「黙れ」と笠松に一喝されてしまいだった。
「公共の場で喚くな」
(それをアンタが言いますか!)
先刻散々焦らされて悶々としていただけに、笠松のその一言で今夜は絶対に寝かせないと黄瀬は固く心に誓う。
暫しその場にて半眼でじとり先を行く笠松の背中を見つめていたが、黄瀬が来ないことに気付いた笠松が立ち止まって振り返った。――黄瀬?
「二人で決めなきゃなんだから、んな所でつっ立ってないで来いよ」
当たり前のように口にされた言葉に、黄瀬は堪らずその場に突っ伏したくなった。





(何でまぁ、そういう風に!)


sofa lizard:《学生俗》デートの金をけちって彼女の家に入り浸る奴。いちゃつき野郎。

(20110521)