My suger-teat
ぴんと張った空気は冬特有の薄氷のような冷たさと鋭さで、一息分吸い込んだだけだったが、笠松の咽喉はあっという間に凍った。ちくりちくりと刺さる空気に、体内と体外の温度差を改めて知る。暖房の効き過ぎている電車を降りて五分ほど経っていたが、まだ内部までは順応してくれないようだった。
「センパイ、寒くないスか?」
覗き込んでくる顔は夜目にも白く、それが寒さの所為ではなく元々の肌の色だと知っている。
モデルをやっている後輩の肌の肌理細かさはもう自分の眼にも躰にも馴染んだものだったけれど、こうやって間近に見ると寒さと乾燥にかさつくこともなく、酷くふっくらとして綺麗だった。
「寒ぃけど、まぁ、冬だしな」
視線を外して前を見る。夏前ならもう少し空も明るい時間帯だったが、冬至を少し過ぎたくらいの今の時分ではもう夜夜中に近い色だ。
黒よりは濃藍の空に向けて細く息を吐くと、ほうと白がよく映えた。一瞬惑うように揺れた吐息は、藍に薄まって解ける。
「センパイ、子どもみてー」
ふふっと笑う顔に、平素ならば肩に一つ拳をくれてやる。だが、今日の寒さに両の拳はコートのポケットに留まることを選んだ。首を竦めてマフラーの中に鼻の辺りまで埋めてしまう。
その様をみてまた柔らかく目元を緩ませた黄瀬が、再度子どもみたい、と呟き、剥き出しのままの耳にそうと触れた。温度差など解らないほど冷え切っていたそこは、けれども黄瀬の指先の優しさに震えた。
「ここも寒いでしょ? 真っ赤になってる」
「……だから、早くお前ン家入りてぇんだよ。あったかいだろ、お前ン家」
オレの家、滅多に暖房つけねぇし、つけても炬燵だけだしと、駅を出たときに比べて早くなっている歩調を言い分けるようにごにょごにょと濁らせた言葉に、黄瀬は目元を甘く蕩かせて笑う。
「だったら、ねぇ、センパイ?」
立ち止まった黄瀬に釣られるように立ち止まり、そうとコートのポケットに入ってきた指と指とが、ぎこちなくも絡まって、温もりを分け合って。目線を交わらせて少しだけ笑って。
馴染んだ指先が解かれるその時を少しだけ惜しく思って、笠松は灰色の道に踏み出す一歩を遅らせた。
(少しでも、まだ)
suger-teat:《俗》この上なく安心感を与えるもの