黒子のバスケ

Cat got your tongue?

作品の一部にR-15程度の描写を含みます。
十五歳以下の方(義務教育未了の方)の閲覧はご遠慮下さい。


センパイセンパイ、これやって欲しいっスと見上げてくる喜色満面の顔と声の男が指さした先には、うつ伏せに寝る男に跨って腰を振る男、がいた。

「――はい?」
「だからこれ、凄く気持ち良いって! 腰の部分!」
いやいや何言ってんだこいつ。いやいやその前にこの番組なんだ。
やたらでかい液晶テレビによくよく注意を向ければ、隅のテロップにこうあった。『疲れたカラダを癒しんご』――何なんだ。
もたれていたソファから僅かに上体を起こして、こちらは直接フローリングに座ってソファにもたれていた黄瀬が足に絡んでくるのを蹴散らす。
酷い酷いと喚く黄瀬をシャットアウトして番組を視聴する。その内容を知るのにさして時間は要らなかった。
「――つまり、何だ、オレにマッサージしろって話か?」
年上相手になかなかふざけたことをほざく黄瀬を一睨みする。足の間にちゃっかりと位置を確保した黄瀬は、何やらご機嫌な顔でにこにこしている。よくもまぁ、調子の良いことを。
「えー、駄目っスかぁ?」
「駄目っつうか、そうならそうとはっきりなぁ」
「これ、やって欲しいんスよ、ね?」
「だからな、」
さっきから何で言葉を曖昧にするんだ、と叱ろうとした、その前に。
愛くるしくにこにこ笑っていた黄瀬の眼の奥が、すぅと静かに、しかし鋭くなったのを察して。

気付いた。

「っ前、嵌めようとしやがったな……!!」
「えー、何がっスかー?」
「あーあーそうくるか、しらばっくれるかこの野郎!!」
足の間にいるのをいいことに、バタ足よろしく黄瀬の躰を滅多打ちにする。ぎゃっとか痛いっとか聞こえたが無視だ。
これは、罠だった。完全に、周到に逃げ道を塞いだ上での、罠だった。いつの間にこんな高等な罠の張り巡らせ方をするようになったんだ。ちょっとだけ賢くなったななんて思ってしまったのもまた悔しい。
「オレ、これやってって言ってるだけじゃないスかー!!」
「それだろ、それが罠なんだろ!! この駄犬が!!」
「えー、センパイ、何かヤラ」
「黙れぇえええ!!!」
渾身の一撃を腰にくれてやる。おふぅっと奇妙な悲鳴と共に黄瀬はフローリングに突っ伏した。
そう、こいつはさっきから「これ」としか言っていない。
「これ」に対しての「マッサージ」にすら、頷いてもいない。
唯、馬鹿の一つ覚えのように「これ」と口にする黄瀬の狙い。

こいつは、言質を取ろうとしていたのだ。
そして、どっちに転んでも美味しい思いができるように立ち回っていた。

これが、イコールでマッサージの場合なら、それでいい。
唯、「これ」が「男に跨って腰を振る」の部分とイコールの場合、それが意味するところと状況は一目瞭然で。
もし「これ」が意味するところを確認しないままに頷いていれば、後は夜黄瀬にいいように遊ばれるだけだ。こちらは何の反論もできない。一度約束したことは反故にはできない、そういう性格を十二分に承知した上の言葉選び。
そして、もし「これ」の裏の意味に気付いたとしても。
黄瀬はそう、「これ」としか言っていない。だから「これ」の内容を確認するには、自分で言わなければならないのだ。
「これ」っていうのは、つまり、「そういうこと」か、と。
性的な言葉の類を口にすることに未だに不慣れなことを解っていて、悪趣味にも、敢えてそれを言わせようとしていた。
たとえここでまともに「マッサージだよな?」と聞いたとて、さっきと同じこと、「これ」としか答えないだろう。
そして言葉に詰まれば挙げ句「ヤラしいこと考えてません?」と一歩詰めてくる。

曖昧な「これ」に含みを持たせて、まるで鼠を追い詰める猫のように。

「悪趣味なこと覚えてんじゃねぇよ、お前はよ……!!」
「どこが悪趣味なんスか、オレは別に」
「しらばっくれんじゃねぇ、認めろ、お前がしでかそうとしていた目論見の一切を吐け! 往生際が悪ぃんだよ、男だろ!」
「あ、それ言っちゃいます、それ言っちゃうんだったらセンパイだって男なんスから恥ずかしがらずに言えばいーじゃないスか!! 十八でしょ、ヤることヤってる仲でしょ、何で恥ずかしがるんスか!? 騎乗位くらい真顔で言えるでしょ!! 未だに乗っかってもあんまり動いてくんないで結局オレが動いてるし!! もっと腰使おうよ、折角いい腰してるのに!!!」
腰を擦りながら涙目で恥ずかしいことを怒鳴り返してくる後輩に、顔も思考も完全に茹で上がる。
「き……っ、い、言えるか馬鹿野郎!! そんな言葉真顔で言う機会なんてねぇよ、これまでもこれからもねぇよ!! そんでオレはもう絶対にしねぇ、絶対にしねぇからな!! お前が腰振ればいーんだよそれが一番気持ちいーんだよバー――……カ…………」
いや、いやちょっと待て。語尾が、消えていく。今、何を言ってしまったのか。
黄瀬の眼が、丸くなって、細くなって、光って、据わった。ゆっくり、向き合う形で座り直した黄瀬を見るのが怖い。
「……センパイ、今何て言いました?」
「……いや、何にも」
「今『お前が腰振ればいい』って。『それが一番気持ちいい』って」
「うん、まぁほら、フラダンスとか、腰振るよな。ほら、さっきの整体のあれ、腰、振ってたし、お前も整体覚えればって、そういう意味だ」
「無理ありますよね」
「……」
「無理しかないスよね」
「…………」
「オレが動く方が、センパイ気持ち良いの?」
まるで尋問のようだった。鼠を追い詰める猫よりも、これは犯人に自供を迫る刑事だ。眼を左右に泳がせるしか逃げる方法を持っていないのに、呆気なくそれも奪われる。
ずいと足の間に身を割り込ませられて、ぐいと顔を近付けられて。
別に顔を手で固定されているわけでもないのに、顔も動かせなくなる。
「センパイ」
嘘を吐けない距離、というのがあるならまさしくこの距離がそれで。
鼻の頭がぶつかる少し前、キスするには遠いけれど、視野は狭く、眼の前のもの以外は何も見えない。
逆を言えば、眼の前のものは良く見える、そういう距離で。

「……幸男センパイ」

頬にそうと添えられた掌は、唯添えるだけの動きしか持っていなかった。それを解っていた、それなのに、近付いてしまったのは自分だった。
もしかして、ここまでが罠だったのか。ここまでを計算していたのか、いや、そんな馬鹿な。そこまで先を読むような器用さはこいつにはない。
だからこれは。

「――気持ちいい、よ」

これは、全部、自分一人で踊らされてたってだけ。
これは、自ら進んで落ちたってだけで。

触れた唇で言えば、可愛さの欠片もない、勝ちに酔いしれる獣の眼で黄瀬は笑う。





(罠なんか最初からなかったのかもしれない)
(罠があると見せかけた、それこそが罠)


Cat got your tongue?:《口》どうして黙っているの?

(20110128)