黒子のバスケ

Let a sleeping dog lie.

センパイがくぅくぅと安らかな寝息を立てて眠っているのを確認して、そうとその顔の近くに顔を寄せた。
黒の髪にさらりと触れた己の髪の、些細だけれども確かなうるささにすら、彼を起こしてしまうのではないかという恐れを抱く。
少しずつ、少しずつ。
かたつむりの気分でのそりのそり寄せた顔は鼻の頭が触れるくらいの距離になり、それでも起きないセンパイに、それだけ疲れているのか信頼されているのか、心を許されているのか。
男としては若干もう少し相手にも危機感を持って欲しいわけなのだけれど、センパイがこうやって無防備な姿を晒してくれていること自体は大歓迎なわけで。
普段眉間に皺寄せて怖い表情をしているくせに、実際とても幼い顔の造りをしている彼のその稚さがよく解るのは、多分このときだけだった。
顔のラインはまだ大人の男のように丸みが削がれていないし、整えることを露ほどにも考えていないだろう太い眉は、今は意志の強さよりも無垢な子どもっぽさしか感じさせない。
普段威勢のいい言葉がぽんぽん飛び出す唇はきゅっと引き結ばれている、というよりもきゅうと閉じられていて、時折むにゃむにゃと動くのが何ともあどけない。
そして何よりも彼の幼さの象徴になっているだろう、閉じられていても解る大きな眼。柔く膨らむ瞼に、緩く閉じられた目許。僅かな衝撃で、たとえば息を吹きかけただけでも簡単に開いてしまうのではないかと思うほど、その眼を覆うものは軽く見えた。
だからそうっとだけ見ていたいのに、ふるふる腹の奥底で意地悪な気持ちが動き出してしまう。でも、けして起こしたくなんかない。折角こんなに可愛い顔で眠っているのに。でも、こんなに可愛い顔見せられて、男としてどうなんだ。このままでいいのか。
相反する心で、しかし変わらず飽きずにセンパイの顔を眺め続ける。自分の部屋、自分のベッドの上で、自分の服を着て眠る恋人。あんまり無防備な姿を晒されると、その穏やかな時間に刺激を一つ二つもたらしたくて、それがこのふるふると揺れだした悪戯心なんだろうか。彼の安定した時間に一石を投じたい、なんて、ちゃちな支配欲か、優越感の誇示か。
――あぁ、でも。
意地悪するのは、眼を覚ましてからでも遅くない。





(寝た子を起こしちゃいけません!)
(何て悪戯っ子なんでしょう!)
Don't be such a naughty boy!


Let a sleeping dog lie.:寝た子を起こすな、薮蛇にならないよう気をつけろ。

(20110121)