レノン・マイ・パレード
冷たくて甘いものの下に潜む温かいものに、黄瀬はゆっくりと滑らかでつるりと円い先端を差し入れる。柔らかいながらもしっかりした手応え。最初に跳ね返った些細な抵抗に構わず更に力を込めて押すと、ぷすり、と沈み窪んだそこに白く溶けたものが垂れてくる。とろりとしたそれも掬い取るようにして、黄瀬は口に運んだ。温かい、よりも熱いそれを舌の上で転がし、じゃれるように甘く噛めば、先の抵抗が嘘だったようにぐずりと溶けた。
「――美味いっスね、センパイの」
殊更唇に描いた流線を強調するように両の口角に力を込めれば、真っ黒な眼が信じられないものを見たかのように大きく見開かれた。ぷるりと震えた唇が子どものようで可愛い、黄瀬は自然眼を細めた。
「テメ、人の断りなく食ってんじゃねぇよ!」
がすんと頭に落とされた雷に、黄瀬は危うく自身が頼んだ抹茶アイスに顔面を埋没させるところだった。
「あっぶな、危ないでしょセンパイ!」
「うっせぇ、返せ、オレのチョコブラウニー返せ!!」
「無茶言わないで!」
それでも向かいに座る笠松は尚も攻撃の手を緩めず、テーブルに手を突き上半身を乗り上げてがすがすと黄瀬の頭や肩を容赦なく叩いた。
ファミレスの一角で、男子高校生が憤慨する理由としては若干違和感を生じさせる内容だった所為もあるだろう、ちらりちらりと方々の席から視線を投げかけられていることに気付いた黄瀬は、その視線が他の事柄に気付く前に手を打った。
「何だよお前、生クリーム苦手なんだろ?!」
「チョコは好きなんで。チョコブラウニーパフェとか止めて欲しいスよね。チョコブラウニーだけでいーのに」
後センパイも立ち上がって殴るの止めて下さいス、周りのお客さんに迷惑かけちゃいますよ、と振り下ろした拳を一回り大きな掌に包まれて、笠松はぐっと唇を噛み締めた。手首を掴むでもなく、あくまで優しく笠松を止めることを心得ている黄瀬の振る舞いに気恥ずかしさを覚え、覚えた自分を誤魔化すために一層強く唇を噛み締めると、間髪入れずにそんな風に唇強く噛んじゃ駄目っス。とろりと甘ったるい声で、その声以上に甘ったるい言葉を眼前の薄い唇が紡いだ。
周囲の眼を気にしたのか潜められた声は、その内容も相俟って笠松に違う状況を彷彿させて、反射的に大声を出しそうになる。それを何とか咽喉の奥で圧し留めたものの、今すぐにでも黄瀬をたこ殴りにしてやりたい気持ちを一層募らせる結果になった。
他の客に迷惑をかけることは笠松の意に添うものではなかった。だが、だからといって奪われた事実を仕方がないといって笑って許してやることもできない。ぎりと奥歯を噛み締め、眉間には深い皺を刻んで黄瀬を睨みつけた。
笠松の様子に困ったように笑った黄瀬は、普段の哀願するような、へにゃっとした耳を垂らした犬のイメージとは異なり、穏やかで落ち着いた眼差しのまま謝った。
「……ごめんなさい、センパイ」
センパイがあんまり美味しそうに食べてるから、そんなに美味しいのかなって思って。
眉尻を少し下げてそう口にした黄瀬は、オレの良かったらどうぞ。すっと自分のアイスを笠松の方に寄せた。
「抹茶ですけど、ちゃんと甘いっスよ」
手元にチョコブラウニーを一欠け食われたパフェと、黄瀬の頼んだ甘さ控えめという文句の抹茶アイスの二つが並び、笠松は複雑な表情を顔に乗せた。
自分が美味しいと思ったものを美味しいと思ってもらえたのは単純に嬉しかった。苦手なものがあるにも関わらず、食べてみたいと思った理由が、自分が美味しそうに食べていたからというのも、気恥ずかしくはあったがけして嫌な気持ちにはならなかった。――ましてや、その相手が恋人なら。
一言断ってくれればそれでよかったのに。寸前までぶすぶすと怒りに燻っていた胸の内を全く別のもの――正反対の感情に満たされていくのを感じながら、顔に乗せたままの表情の強張りを解こうとしたとき、――でも、何かセンパイみたいっスね、そのパフェ。黄瀬が微かに笑った。
「ちょっと冷たくて、でも直ぐに凄く甘く溶けて、その下の部分も最初固いかなって思えても、口に入れれば熱くてぐずぐず解けていって、あのときのセンパイにそっく」
最後の一言を言い終える前に、黄瀬は青筋を立てるほど怒りに真っ赤になった笠松に、残っていたチョコブラウニーを丸々口に突っ込まれた。
『こそこそと。』のさとうさんに全力でお応えする「冷たくて温かいチョコブラウニーパフェな黄笠」当社比較ラブ多めです。若干黄瀬をイラッと来る天然王子仕様にしてみました。
rain on sb's parade. : 《俗》人の楽しい事に水を指す。人の幻想をぶち壊す