ネオテニーU
艶やかに濡れている黒がとても不思議で、ねぇどうしてなめてないのにぬれてるの。子どものような顔を真っ赤に染めている大好きな人に尋ねてみる。
彼の大きな黒い眼は、彼を子どものように見せているいちばんの原因なのだけれど、オレはその眼が好きで仕方がないのだから、子どもっぽく見えることは我慢してもらいたいくらいだ。
一度面と向かってそう言ってみたことがあって、そのときにはお前に言われると何割か増しで腹が立つ、と彼にしこたま蹴られた。怒っているからか恥ずかしいからか、耳を赤くしている彼はとても可愛かったのでそう言うと、今度は本当に怒ってしまった。彼の蹴りは次第に精度を増して、今からカポエイラを習えば直ぐにでも試合に出れるに違いない。でもそうなったら一緒にバスケができなくなってしまうので、やっぱりカポエイラは習わないままでいて欲しい。
――そんな風に思考をぐるりと一周させて、また戻ってくる。濡れた黒い眼の真ん前に。
だってその黒を隠していた宍色の膜を溶かすように舌を転がして、溶かしきる前に彼の方から膜を破いてくれて、だからこの眼はまだ舐めていないのに。どうしてこんなにとろりと上質の蜜みたいに黒くとろけているんだろう。潤んでいる、より、とろけている。
ねぇ、どうして。自分がまだ触れていないのに濡れているのがどうにも気に食わなくて、眼の縁に溜まっていた蜜を舌先で掬った。くっと閉じられた眼。ふるり震えた睫。あ、落ちた。頬を伝った一筋が床に落ちる前に、それもべろりと舐め取った。うん、甘い。……おまえがへんなことするからだ。
薄く開けた眼で、まるで拗ねている顔で責められたけれど、何が変なことだったのか。自分では解らない。変なことって何。変なことは変なことだろ。オレは唯、甘いはずだって思っただけなのに。それが変だって言うんだ。
だって誰だってあんなに黒くてつやつや光るものを見たら、口の中に入れてみたい食べてみたいって思うだろう。皮膚だけだって甘いのだ。作りたての飴みたいに熱く濡れていて、しかも大きい。うん、本当飴玉。でもころころと舌の上で転がし続けてもけしてなくなることはない。ずっととろとろと甘く溶け続ける、オレが噛み砕かない限りなくならない、オレの大好きな黒。
だからそれを舐めようともう一度挑戦する。舌を見せてしまうから悟られるのか。直前まできゅっと唇を引き結んで、そんな素振りを見せないようにすればいいのか。ちょっとだけ画策して、真面目な顔を作ってみる。真っ直ぐに捉えた顔はぴくり片方の眉を動かして同じように真っ直ぐに視線を返してくる。でもまだその眼は濡れている。
その眼の強さはさっきまでの甘さもなく溶けそうにもなく、だから飴ではなくてまるで宝石のようだったけれど、きらきら反射するイメージのそれとは違う。どちらかというと丁寧に丁寧に磨かれた黒曜石。すぅと光に舐められると、なめしたような輝きを放つ。昔々は武器にも使われたそれ。うん、確かにこの眼は、誰よりも何よりも強く鋭く自分を貫く。何て凶暴、何て綺麗。
あ、駄目だ。抑えが効かずに大きく口を開けてばくりと左側の瞼ごと食べた。