賢い犬リリエンタール

その名を何と呼べば良い

部下が連れてきたその猫を、さてどうやって呼ぶべきか。シュバインは短くなった煙草を灰皿に押し付けた。こんもりとまではいかないが、それでも山になりつつある吸殻を見やりながら一つ息を吐く。
そもそも猫相手の呼び名など考えるまでもなく、おいだのお前だの適当に呼べばいいだろうという風にも考えたが、この猫相手にそれは不適切だった。この猫――RD-1の力によって生まれたと部下は主張している――は、知性もあり知識もある、実を言えば飼い主と仮定されるであろうあの部下自身よりも余程頭を使えた。
「――アキラは行動先行ですから」
まるで心の内を読んだかのようにそう言いながら、好物らしいきゅうりをぼりぼり食べる猫はシュバインをちらりと見上げてきた。ソファに座る様も一般的な猫のそれではなく、人間のように腰掛けていて、益々猫らしくなかった。「アキラの弱点を補う形で、サポートしていくことで恩も返せるかと」
猫のサポートを受ける人間という図式に、シュバインは僅かに口角を上げた。こんな風に言われていることを知ったらどう思うのだろうか、と考える前に、まぁ適当だなと考えた自分がいたからだ。
シュバイン自身も、この猫の能力をこのまま腐らすのは勿体無いと感じていたが、その反面、自分の目が行き届く範囲に留めなければ、本部はRD-1だけでなくこの猫にも手を伸ばすだろうことは容易に予想がついた。支部が本部に楯突くことなどあってはならない。今はまだこの存在を表立たせることは止めた方がいいという自分の判断が、正しいのか否かは考えることをしなかった。――この猫はあくまで、あの部下を優先して動くだろうことだけを確信していた。
「……名前はないのか?」
シュバインは先までの懸案事項だった点について、当の猫自身に尋ねた。猫はにょっこりと振り向き、「名前ですか」と小首を傾げた。
「アキラはそのまま『猫』と呼んでいるようだが」
「あぁ、アキラはものぐさのようですから。間違ってもわたしにマリエンヌなどという名はつけないでしょう」
「……マリエンヌ」
どうして例にそれを選んだのかが気になったが、ついこの猫にマリエンヌと呼びかける部下の姿を想像してしまい、笑いそうになった。確かに、彼はそういう性格ではないだろう。だが、暫定的に飼い主でもある部下が名をつけていないとなると、勝手に名づけて呼ぶのは憚られる。シュバインはふぅと息を細く吐きながら、背凭れに身を預けた。視線を上に、暫し考える。
「……では、そうだな、――ネコさん、はどうだろう」
そう提案すると、猫はその大きな眼を幾度が瞬かせた。自分の提案したものが名前というよりは唯の呼び方であることは解ったようで、ネコさんですかと繰り返した猫は、眼を細めて少しだけ俯き、ぽりぽりと耳の辺りを掻いた。
「――改めて言われてしまうと、少々気恥ずかしいものがありますね」
それが猫なりの照れ隠しなのだとシュバインはすぐに解った。口元を緩ませ、その仕草によく似た動作をする年若の部下の顔を思い出す。動物は飼い主に似るというが、これもまたそうなのかもしれない。彼も同じように耳の辺りに手をやって、少しだけ俯く癖がある。日数は浅いとはいえ、あの部下は結局のところこの猫の存在を快く思っているのだろう。
「――では、早速だがネコさん」
アキラは一体いつになったら報告書を届けに来ると思う。シュバインの苦笑混じりの声に、猫も困ったように笑った。


ねこさん事件勃発に勢いだけで書いた。
(20100309)

BACK