盲目の愚者の名はジッド
酷く個人的なことに固執していた。
個人というものが、個というものが自分自身に当てはまるかどうかは別として、それは彼の事ではなかったから自分の事として捉えて構わないだろう。そういう、彼じゃないから自分の事だというような認識の仕方で、でも確かにそれはよくよく考えなくても自分自身・個人的な事だったのだ。
笹塚は自分自身の生き方に不満も不安も抱いていなかったし今だって抱いていない。満足かと聞かれれば満足しなければ人生に意味はないのかと問い返すくらいの皮肉も変わらずに持ち続けていた。人の生きる様、人が生きる事に対してのいっそ芳醇な皮肉は既に骨の髄にまで沁み込んでいる。その皮肉を生み出す諦観が笹塚という男の本質で魅力なのかもしれなかった。
その、諦観が躰中を満たしきって今にも溢れて零れそうな男が、執着していた。たった一人の、自分が殺した男が殺すはずだった、結局は自分がその命を救った事になるのだろうがそんな事は鼻にかけるまでもなく、兎に角もう一つの仕事の関わりでしかなかった男の事が気になって仕方がなかった。気になるという言い方は随分と甘いだろうか、それは歯の隙間に詰まった食べかすのように些細でつまらないものだったのだから、気になるなんて心に引っ掛かるような物言いは似合わない。心なんてない自分に心があるような言い方には自分が一番違和感を覚えた。心ではなく、躰のどこかを爪で引っ掻かれたような、もしくは針で突かれたような。夜に慣れ夜に特化した身体感覚、それが筑紫という男に何かを覚えたのだった。
住む世界が違う、などと使い古された表現を真顔で言う気にはなれなかったが、吸っている空気は違う、ような気がした。一呼吸一呼吸が泥のように濁り澱んだ笹塚の呼気は、空気以外に何か異なる要素を吸い込み体内に循環させているようだった。異なる要素は、即ち血のとろみを持った鉄の臭いだとか、脂ぎった生肉から立ち昇る胸焼けするようなてらてらとした油脂の臭いだとか、そういった生者が生者でなくなった時の臭い。笹塚はそれがなければ生きていけなかったし、筑紫はそれがないからこそ生きられる人種だろうと知っていた。
自身の中に生成された受容体は、血と脂と未消化の食物と酸と排泄物と精液と、そういった類の臭いと適合した。大抵はそんなものがなくても生きていける、もっと正確を期して言えばそれがないからこそ生きていける弱く幸せな人間ばかりだと知っているから、笹塚は何の躊躇いもなく筑紫をそちらに入れる事が出来た。考える必要等なかった。自明の理だったのだから。
では何故その吸っている空気の異なる存在を自分の心に住まわせているのか。笹塚は自分ではない存在の事を考える事等なく寧ろ自身についても考える事はなく、だから心はいつでも空席で誰もいなかった。それなのに今こうして筑紫の事を考える自分の不思議に聡明な男は気付いていたし、同時にそれは心に筑紫が存在する事を赦しているという事になった。考えまいとしてもそれは不法住居者を認識しないと意識的に否認を働かせている状態で、だから不自然なまでに筑紫の存在を強調するだけだった。フロイト的心理防衛。反動形成。否定すればするほど執着を見せる。
ならば筑紫という男について考えなければいいだけの話だと理解していたのは兆を越す脳細胞、しかし唯一つの脳細胞のバグによって全ては狂う。狂った状態を認識するのもまた兆を越す脳細胞だったが、それらは認識するだけで決して狂いを正す事は出来ないのだ。
パラレル世界