コインロッカーコカインベビー或いはヘッドフォンチルドレン
うん笹塚さんは相変わらずで俺嬉しいですよと口の端を歪ませて笑った男は全く干渉して来ないという点で自己中心的で周囲を顧みない現代的な人間でも在ったし無駄に探られるのが嫌いな笹塚の気に入る人間でも在った。Xに会ったなんて聞いたから俺てっきり笹塚さん殺されたかと思ったもん、香典とか考えましたよ。内容の酷さを理解していないのか理解した上で尚も平然としているのか、現に今笹塚は病院のベッドの上という情けない状態であっても暫し安静にしていれば現場に復帰出来るだろう程度の怪我で済んだ。実際に入院は数ヶ月と告げられていたが、そんなにベッドの上で死体もどきをやっている予定もなかった。笛吹さんも筑紫も随分と心配してたみたいだけど、あの二人は心配性過ぎるって思わない笹塚さん? 上司を上司と思っていないふてぶてしい態度と叩かれる軽口に笹塚は肯定も否定もせずに一言、お前も一々こんなところまで来て相当心配性だか時間潰したいのか解らないけどなと呟いた。俺は勿論笹塚さん心配してきたんですよ、でも俺はあんたが死にそうで心配なんじゃなくて、Xに会って骨抜かれたんじゃないかと不安になって来たんですよ。幸いな事にあんた、相変わらず自分の心臓掌の上で放り投げて遊ぶみたいにしてるから、まだ大丈夫だよね。無邪気に言い捨てられた言葉にお前の基準で俺を量るなと視線を窓の外にやった。特別何かを見たかったわけでもないが白いシーツの上に視線を落とす事がまるで心の中で白旗を上げているような気分でそれは誰に何に対してかといえば解りきった事で、だから窓の外の白々しいほどの青空を見やったが、その雲一つない悠久の空は、笹塚の心にはかえって重く圧し掛かった。嫌気が差すもかといって瞼を閉じる事も叶わずに、笹塚は諦めたように空を見つめ続けた。瞼を閉じれば残像よりも濃く実像よりも色褪せたXがいた。撃つ事も捕まえる事も出来ないXが瞼の裏で踊り笹塚を笑っていた。瞼を閉じる事も眠る事も出来ず、笹塚は空の中に眼を放り投げていた。
笹塚さんあんた何遠くを見つめてんの、其処にXはいないでしょ。成人に達してもいない少年の声で傷口を錆びた刃で抉る事の利点を十二分に知っている男は、自分の刃がどれだけ笹塚を傷つけたのかを確認するように顔を寄せ、窓の向こうに視線を遣る笹塚のやつれた顔を覗き込む。そして直ぐに興醒めたのか離して駄目だなやっぱりと神に向かって嘆息するように呟いた。駄目だね、やっぱりアンタはこんなんじゃ動じないし傷も付かない。――いや、違うか、あんたは傷ついていない場所なんてもうないんだ、だから俺の言葉なんて傷にもならない傷の一つになってるだけ――ね、そうでしょ笹塚さん。全く推理クイズじゃなるまいし、何をそんなに嬉々として語るものがあるのか。窓の外に視線を遣ったまま、お前の言葉なんかじゃ傷はつかない。けどお前のその率直な言葉選びは好きだな。落ちた独白は床で弾けた。言葉を拾うかと思ったのにそうしなかった少年の気配がぴたりと静止画のように動かなくなったのでどうしたのかと視線を室内、彼に戻せば。……笹塚さん、それは告白? 何を莫迦な事を抜かしているのかと不審がるも、あぁ笹塚さんやっぱおかしくなってるよあんた、あんたXに何かされたのそんなんあんたじゃないよ、あんたはそんな事言わない人じゃない。まくしたてられた言葉にお前にどれだけ俺の事が解るのかと返したら、あんたの事が解らないって事は解ってるよと言った。あんたの事を解れる人間なんてこの世にいないって事も解ってる。付け加えられた台詞は笹塚の眼に少しだけ黒を散らした。――お前も相変わらずで俺も嬉しいよ。一滴だけ落ちた黒は直ぐに混ざり、普段の笹塚の倦怠に満ちた眼に戻った。嬉しいなんて良く言うよ、そんな事欠片も思ってないくせにさ。少年のからり乾燥してかさつく声が耳の中に転がってそのまま落ちた。
戯言にて書き殴ったものの改稿