魔人探偵脳噛ネウロ

殻の中の反逆者

逃げ出しかけた瞬間に絡めとられてそれは蜘蛛の糸のように足に腕に腰に首に絡み付いて実際唯一言筑紫と言われただけなのにその一言だけは言って欲しくなかった。煙草で咽喉を随分荒らしたようで少し擦れが強く感じられたその声はそれでも自分が尊敬し崇拝すらしていたかもしれない男のそれと本質的に全く変わっていなかった。変わっていてくれた方がどれだけマシだったか、硬い殻を剥かれた柔らかな心の表面が荒い目の鑢で削られたようにひりひり焼けた痛みを感じた。
殻、この一年足らず、毎日毎日一分一秒息をするごとに幾重にも幾重にも偽善で覆い嘘で塗り固め更に笑顔で覆って補強し強固にしていった誰にも砕かれる事のない殻を作り上げたのに呆気なく壊された。外敵を防ぐには十分過ぎるほどだった、けれども、内側から突き崩される事なんて予想だにしていなかった。未だ自分の中に、一年前忽然と姿を消しもう二度と自分の目の前には現れないんじゃないかと思っていた男が、目の前どころか自分の中にずっと残っていたなんて信じたくなかった。
筑紫、二度目の声が、核を、筑紫を何とか立たせていた核を一突き細い細い蜘蛛の糸で串刺しにした。ばらばらと砂になって崩れていく周囲の殻の残骸を筑紫は全く為す術なくそのまま自壊していくのを傍観せざるを得なかった。この一年がたった一分一秒足らずで崩れていくさまを、埃立ち上がる中瓦解していく己の守屋の前で立ち尽くし凝視した。


信じたくなくても知っていた。
殻が守るのは自分ではなく、自分の中に残った男だった事を。
殻で封じ込めたのは、誰にも侵されない侵させない過去の日々。
自分自身にすら侵す事の出来ない既に記憶の中にしか存在しない日々。


筑紫と笹塚の再会の再開

(20060810)