かくて愚神は礼賛される
人と認識しているからこそ蛆虫だとか寄生虫だとかそういう罵詈雑言吐けるわけで、それが人の容をしているからこそ貶し言葉になりうるのだろう。蛆虫にお前は蛆虫だなんてそんな当たり前の事(人間の認識として当たり前の事)誰が言う。人の容、おおよそ外に出れば見られるだろう人の容。二足歩行し道具を使い言語を操るヒトという動物は自分の同種同属。子を為し次世代へと繋いでいくには相手はヒトでなくてはならない。ヒト、人、言葉を解し感性と理性を持つ自分の仲間、自分の帰属先。
でも、
一目、
それを見た時、
人と認識できなかったのは。
肉、だったから。
人の容をしたものが至上だとは思わない人の容をしていないものは四肢がなかったり首がなかったりするものは人ではないなんていわない。人を人と認識する為の手段が自己との相似を発見する事だと知っていてもたとえば自分にあって相手に欠けていたってその相手は間違いなく人だった。人だったからこその比較それでも誤解を怖れずに言うならばもう間違いなくそこにあったのは人ではなく肉食べる肉食べられる肉だった人は牛の豚の鳥の肉を食べその為に牛を豚を鳥をそれ以外の動物も殺し、そういった屠殺が行われた後、のような。
掌に乗せれば滴り落ちるヘモグロビンの赤と生臭さの残る硬化し始めた蛋白質の塊テレビ番組でよく見る上質の肉にも負けるとも劣らない大きな塊床の上触れれば滑る乾ききっていない血と引っ掻けるくらいに乾きこびり付いた血と。
血に濡れた指で乾いた血をなぞれば赤は赤に溶けた。どちらが先に指先を色づけていた赤だろうかもう解らない。赤い絵の具を指先につけて画用紙に擦り付けたのはいつだったか記憶の底を浚って漸く思い出せるような昔の遊戯を今更しているようで自分の歳を考えて笑おうとしたけれど笑えなかった。頬が引き攣った。これは逃避だ冴えた頭は正直だった。これは逃避だ。これは認識に耐えられない現実からの逃避だ。点る赤信号は血の色だった。これは認識してはならない現実だ。
鼻の奥で詰まる粘っこい臭いはよく言われる鉄の臭い鼻で息するたびにせり上がるものにだらしがなく口を開け浅い呼吸を繰り返す口内の水分を奪い去っていくだけで躰の中どろりとした酸素は巡らずに何の為の呼吸なのだろうと絶望に向かって逃避し続けたまま思ったこのまま行けば崖から飛び込む事になるだろう、血の海。絶望が浮かび希望が沈み狂気も歓喜も混乱も秩序も慟哭も叫喚も猥雑も何もかも何もかも飲み込み飲み込んだままの血の海。誰の血の海?
視覚も嗅覚も触覚も正常で、食道を逆流してくる酸っぱいものが咽喉を刺激し口の中に広がった。味覚も正常だった。
吐かずに済んだのは、元々が人だと認識しなかったから。
吐いたのは、それが人だと理解したから。
自分の家族だと思ったのは、千切れた、細い、妹の指を
聞こえるはずのない、空疎な叫び声が鼓膜を震わせた。
惨劇の部屋
あの時のXは既に殺した人達を箱にしていたのか?