魔人探偵脳噛ネウロ

シュレーディンガーの猫に抱かれた太陽

明けない夜は無い。マルカムは言う。明けない夜は無い。筑紫も同じ事を言う。
この地球、回り巡り朝は生まれると同時に死に、死ぬと同時に生まれる。夜も同じだ、生まれると同時に死に、死ぬと同時に生まれる。何処かで朝が生まれれば何処かで死ぬ朝がある。知っているよ、筑紫。俺はちゃんとそれを知っているよ。それの繰り返しで日にちは数えられて、三百六十五回で一年になり、三千と六百五十二回で十年が経った計算になる。大丈夫、ちゃんと俺は今生きている。不規則ながらも朝起きて夜に寝ている。それで一日カウントされているだろう。
明けない夜は無いんです、筑紫はいもしない神に願うように切々と訴えた。全く、これが茶番にならないところがお前の凄いところだよ。喜劇悲劇でも無い、何なのだろう、これは。筑紫は自分に向かって言葉を紡いでいる。明けない夜は、無い。指先にかかりそうで絡まりそうで、でも届く前に切れてしまう張り詰めた言葉。たとえ何とか爪の先に引っ掛かっても、あんまり爪が鋭くなりすぎて直ぐに切れてしまうのに。俺にそれを言うのか、筑紫? それで何かを変えたいのか、それで――俺を、変えたいのか? 切れた先、血が滲みそうなほど生々しい言葉の糸口は、鋼になって少しだけ、心を引っ掻いた。
……悪いな、筑紫。その一言で、暗闇に身を潜める黒猫の爛々と光る眼のような月がつくる濃く重い影の中。佇む筑紫の唇が、濡れて煌く言葉を紡ぐ前に、断ち切った。もう、お前の言葉は心に届く事は無いのだから、心を揺らす事は無いのだから、――お前の泣きそうな笑顔に、心が締め付けられるような事も、無いのだから。これ以上、決して自分を責めないで唯哀しみを沈めた眼で、それでも真っ直ぐに見つめる事を忘れてはいない筑紫に、そんな優しい言葉を言わせたくない。聞きたくない。眼を逸らした。
そんな優し過ぎる言葉は、唯無慈悲なまでに絶望を知らしめるだけだ。――アイツの後姿すら足跡すら見つけられないまま月日がもう十年も経ってしまったという事実を。
筑紫、俺は別に明けない夜のままでいい。夜が明ける事を望んじゃいないんだ。
明けない夜は長く、朝が来ない限り夜は永遠に続き、どこまでもアイツを探し続けられる、きっといつかは見つけ出す事が出来るだろう。
「――今の貴方は、まるで、」 筑紫の声はそれでも優しかったが、同時に泣きそうだった。見えない顔は、今どんな表情をしているのだろう。語尾は闇を満たす空気に滲み、融けた。――まるで、
シュレーディンガーの猫です。
逸らした視線の先には底の見えない虚ろが落ち込んでいた。広がるばかりで収まる事を知らない、どろりと澱んだ闇が、唯、広がるばかり。


入庁後。

(20060411)