魔人探偵脳噛ネウロ

兄弟二人、凍える夜に裸足で逃げる

逃げろ、逃げろ。暗闇に響く声はもう耳に入った瞬間に定言命法至上命令。あぁ自分は逃げる逃げる逃げなければならない。勢い良く蹴った地面には血がじんわり広がり始めていてぴしゃ、跳ねた音がしてくそ汚れたなんて思いながらも足は動いてくれる。この寒さ、血も凍る。この暗さ、血なんて混じれば何も解らなくなる。逃げる。逃げる。風を裂いていく中ひゅぅひゅう外気に曝した顔・頬は鋭く切られた。ひゅうひゅぅ。耳の中、風はそのピンと張った刺さるように冷えた吐息を吹き込んでくる。高い耳鳴りが眼の後ろを貫いた。硝子を引っ掻いたような音が鳴り響く。反響してこめかみが痛くなる。痛みを掃うように頭を振れば、ぴきっと顔面に皹が入る音がした。渇いた皮膚。凍えて水分を全て奪われた皮膚はかさかさで割れている。薄く白く粉吹いて。感覚が失われるような極寒、筋肉も凍ってしまう。手足がぼきりぼきり折れていく。僅かな瑕疵がクレパスのような絶望的な断崖になる。逃げる、逃げ続ける、走り続ける。細切れ、短く白い息が視界を覆う前に溶けていく。走り続ける。咽喉の内側、炙られて一瞬にして全ての水分が吹き飛んだような渇き。吸い込んだ息が擦れる痛み。上手く吸い込めない、浅いばかりの呼吸。唾を掻き集めて飲み込もうにも、半開きになった口は既にこの冬の手先に犯されて、唾も何も無くなっている。酸欠になりそうだ。それでも足は動かさなければならない。だって逃げろと言われた。逃げろ。命令。逃げている。逃げ切る。命令だ、逃げ切るよアニキ、だからあぁ早く温まろう、温まろう、早く二人で温かい部屋の中に入ろう、早く早く。どんなに温かい部屋でもオレはあんたがいないと寒くて仕方ないんだ。


早坂兄弟。

(20060411)