猫背の恋人
作品の一部にR-15程度の描写を含みます。
十五歳以下の方(義務教育未了の方)の閲覧はご遠慮下さい。
背後から覆い被さられる、そのまま腰にぶつけられる欲望の形は酷く汚らしいものだろう。単純な躰の欲求の眼に見える形、衝動。女と違い外目で判ってしまう、あからさまなそれ。溜まる感覚、吐き出す感覚、抜く感覚。射精は排泄行為と同等だ。そんな名言を残してくれた男に心の中で拍手を送る。そうだ、これは躰の中、栄養にならないものはさっさと外に吐き出してしまう、排泄行為だ。張っていたものが萎む、残るのは怠い躰と醒めていく空気。抜け殻の自分。
昔という言葉を使うほど時間は経っていないはずだが、それでも半年近く前になるのか、後輩としていたセックスは、互いの躰を利用した排泄行為ではなかった。後輩としていたそれは多分確かにセックスと言うもので、性行為と呼べるものだった。自分の口や指で面白いほど敏感に反応するその躰は存分に自分の好奇心を満たしてくれた。同じ男の躰である事に違いは無いのに、感じる場所も出す声も達する瞬間も全くの別物で、全く丁度いい玩具のようで。それは後輩にとっても同じだっただろう。互いが互いを、躰に言葉に兎に角持ちうるありとあらゆる手段を講じて遊び尽くして暴きあって貪りあった。あばらの上を羽根で撫でるように優しくなぞる指先は、強引に膝頭を割って内部に押し入ってくる指でもあり、耳朶を甘く噛んでは舌先で舐めて、蜜のように溶けた熱く甘い言葉を囁く唇は、絶対零度の冷酷さをもって命令する事も知っていた。後輩との一種壊し合いのようなセックスは、出す事よりもそれまでの過程の方が重要で、もしかしたらそれだけで十分だった。射精はその結果に過ぎなかった。
そんなに背を丸めるなと先ほどまで自分相手に発情していた男が後ろから抱き抱えるように自分を腕の中にしまいこんだ。強く締め付けるような二の腕が腹に、丁度臀部には男の今はすっかり萎えたそれが当たり、精を吐き出した後の箇所なんてこんなものだろうと煙草の煙と眠りが綯い交ぜになった薄く視界にかかる霞の中思った。男の二の腕は太く、まるで鉄製の檻に閉じ込められたよう。背を丸めてばかりいると、卑屈に見られかねない、こんな所でも一般社会の外見重視の神話はまかり通っていて、寧ろより顕著だった。いい女といい服といい家といい車。安っぽいVシネマじゃあるまいしと思う反面、はったりを利かせるのも、上に行けば行くほど半ば義務のようになっている事も知っている。それでも、自分はそれに従うつもりは毛頭なく。
笹塚さんは猫みたいに背を丸めるから、何か微笑ましいですよね。後輩の言葉が懐かしい。同じように後ろから抱き抱えられていた。緩い束縛。強く抱き締められるのも好きだったが、その優しい、砂糖で出来た檻に入れられるような抱擁は、相手が気の知れた後輩だったからだろうか自分の中で特別だった。髪もちょっと猫毛ですし、気侭なところも、気に入らないと爪で引っ掻いてくるところも。いつ俺が引っ掻いたんだよと笑えば、そうやって少し咽喉を鳴らすみたいに笑うところも猫みたいです。話を逸らしたな、いいえ、逸らしてませんよ、ほら。自分を抱く腕を目線の位置にまで上げて、そこには確かに三本の赤い線が残っていた。引っ掻き傷、血は出ていない。もうちょっと爪切っておけば良かったな、悪ぃ。腕を自分の顔近くまで引き寄せて、ちろりと舌先で傷口を労わるように辿り、唇だけで軽くその箇所を食むように強弱つけると、まだし足りないんですかなんて情緒の欠片も無い事をのたまった。俺が猫ならお前は犬だ、犬。それじゃ異種交配になってしまうじゃないですか、後輩の生意気なくせに堅物優等生な発言に、思わず大笑いした。
……俺の事は猫だと思ってればいいよ。面倒だと思いながら一言そう呟けば、俺以外の飼い主にもそんな事言ってるのかと、その口調に笑いと怒りを要領よく滲ませて、一層強い力で抱き締められた。ここは牢獄のようだ。
失踪時。