魔人探偵脳噛ネウロ

たちどころに消えては現るる手慰みの詞を

細胞の単純馬鹿だと言われれば黙って舌打ちするしかできなかった。だってアンタの方が賢いアンタの方が複雑だ(それくらいの事は解るアタマを持っていた)。「死んだらビールをそなえてやるよ」なんて、でも、本当は、アンタの方が馬鹿だ馬鹿だ大馬鹿野郎だ。反論の余地はねぇ。アンタの方が大馬鹿野郎だったってことはもう覆せねぇだろ。何が死んだらビールを供えてやるだ。冗談も大概にしろよ。

「……何が死んだら、だ」

アンタの方が先に死んでちゃ話にならないっていうのに。


に塗れて帰れば速攻でぶん殴られた。
「何すんだよっ」
咄嗟に身体を引いて衝撃を流したものの、殴られた事には変わりはない。左の顎がずぐんと痛んだ。
「何か俺がヘマやらかしたって言うのかよ」
後々腫れてくるだろう、熱を持ち始めた箇所をさすりながら唸れば、一発くれた社長は鼻で笑った。
「派手に血の臭いさせてたから、うっかりまさかテメェがやられたんじゃねぇかと思ってな、」
確認で殴っただけだと平然として言い放った。
「だったら口で聞きゃいいだろ」
口の中にじんわり血の味錆びた鉄の味。
「口で聞いてハイと答えるほど可愛げのあるタマじゃねぇだろ?」
お前はよ。くく、鳩が鳴くように咽喉の奥で笑った男をぶん殴ってやりたかった。


まらねぇ。呟いた吾代の丸まった背中を一舐めして、早乙女は薄く開いた眼を再び分厚い書類に戻した。「つまらねぇんだけど」 繰り返された言葉を聞かずに書類をめくっていく。びっしりと紙一面に隅々まで詰められた細かい文字をいちいち確認しているわけもなく、唯この行為が一方的に吾代に与える不快感を量っては笑いたい衝動を噛み殺した。
書面に書かれている事など利子と期限と、兎に角自分らに有利なものになっていると最低限判ればいい。ソファに大人しく座らざるを得ない、暴れるしか能のない男の背中が疼いているのを横目でとらえて尚見て見ぬ振りをし、自分一人で面白がった。
奴は必死に身の裡に凶暴さを押し込めて耐えるしかないのだ。奇妙な放置状態は既に飽和している。唯ただ残るしかない不快感を逃す方法としての暴力を奪ってしまえば、それだけで十二分。取り立てて何も自分はしてはいないが、していないからこそ、この面白さがある。無視と沈黙だけで相手を掌の上で転がす事ができる。
猛獣使いというのも案外面白い職業なのかもしれない。早乙女はまた、小さな笑いを喉の奥で圧し殺した。


書きはやめろと言われたので渋々パソコンを四苦八苦使い報告書を打ち提出した翌日、やっぱ手書きで出し直せ。掌をあっさり返した上司の発言に間髪入れず「ふざけんなよ!」 反論した。
「俺がどんだけ苦労したと……!!!」
噛み付く吾代の顔面に、ワープロ打ちされた報告書が突きつけられる。
「お前の小汚ねぇ字見ないと、どうにも落ち着かねぇ」
出すの忘れてんじゃねぇかってな。要らねぇ心配をするくらいなら、最初っから判読不可能に近い字でもそっちを見てた方が安心できるってもんだ。
「……ちっ」
顔面に突き出された紙を乱暴に掴み取ると、書き直すべく自分の机に戻った。


端に燃え上がった木箱を見て、これが終わりかと思った。
これでじゃない、これが終わりなのだ。
首と躰、二つになってしまった身体を一つの安っぽい木箱に入れて、知り合いの裏業者に頼みもしないで、自分達の手でただっ広い荒れ野で燃やした。
腐る前にと、燃やした。腐ったアンタの顔は見たくなかった。
火葬場だったらあの密閉され何かを封じ込めるような場所で一つ燃やされるだけの躰。
そんな上等の場所ではない代わりに、
燃える黒い髪の音も
焦げる肉の匂いも
崩れた箱から見える馴染んだ顔も
その全てを燃やす火の熱さも
何か何処かを刺し続ける痛みも
五感全てで感じるものをこの躰に記憶に遺していけばいい。
これが終わりだ。
そして、

明日は始まる。


早乙女金融で。クニシノというより、クニ+シノみたいな。
愛だ躰だ言う前に違うモンに気づいてしまったような関係がいいです

(20051123)