魔人探偵脳噛ネウロ

習慣は我々を盲目にする

年下のくせに自分よりも上背の在る男が、自分に対してどのような類の感情を抱いてるのかは知っていた。その感情は彼の中だけで完結させようと思えば完結させられたものだった事も知っていた。だから自分にその感情の余波が及ばないように構えている事もできた。
それとなく、そう、それとなく気付いていない振りをしてさらりと流すように、決して自分の中で留める事のないようにして、筑紫の視線が自分に固定されようとしたその瞬間に逸らす。網膜に鮮明に焼き付くだろう前にまっさらに戻しては、それを繰り返し。自分が筑紫の中に残らないようにと、笹塚は常に流動的な存在にならざるを得なかった。

「筑紫、」
寝てるのか、と問うても返事は返って来なかった。寝てるのか、再度呟いて隣のベンチに腰を下ろす。普段生真面目、もっと言えば堅物過ぎるきらいがあるほどの男が大学内といえどベンチを占拠し仰向けに寝ている様は珍しく、そう言えば課題のレポートの締め切りが迫っているのだと一昨日辺りに言っていた事を思い出した。目の下に取り立てて目立った隈なぞは見られなかったが、それでも随分と髪の毛が崩れていた。徹夜して終わらせたのだろう。自分の気配に気付く事もなく、すやすやと寝息を立てている。後輩が無防備なのをいい事に、不躾なほどその顔を凝視した。
(普段見られてる分、構いやしないさ)
癖のない直毛がぱらりとかかる目許、睫が存外長い事に気付く。笹塚は瞼の閉じられた顔を覗き込んだ。少々細面気味の自分に較べて、筑紫は男らしいと言えば男らしい顔立ちをしている。端整な顔立ちと言うよりも、端正な、曲がった事のない性格の方が印象強い所為だろうか、顔付きにもそれが表れているような気がした。顔の真ん中、すぅっと通った高い鼻筋に歯並びの良い口、ラインが綺麗な尖った顎。その中でも特に、普段自分を射抜くように見つめる、意志の強さを奥に秘めた深い黒の眼が、自分を見る事のない事に少なからず安堵しながら見つめる。
筑紫が笹塚に寄越す視線は、余計なものを一切含まない。見られている自分が焼き切られるのではないかと錯覚を起こすほどの、熱ばかりが感じられる不可視光線。――筑紫の視線から逃れようとするのは、彼が内心では葛藤をしているのにも拘らず――それすら笹塚は知っていた――、その視線だけは葛藤を微塵も感じさせずありのままの欲望を笹塚に伝えるからだった。
(直線的過ぎる)
貫かれる。それが兎にも角にも嫌で、どうして嫌なのかを元凶の男の寝顔を見て再確認する。
(直線的過ぎるんだ)
それが羨ましいほどに疎ましい。決して自分が人を真っ直ぐ見られないと言うような事はないのだけれど、それでも筑紫の直線的、最短距離で自分までやってくる視線にどうしてか抗いたくなるのが常だった。服を過ぎて肌そのものに絡みつく視線に、露骨に言えば犯されている気分になった。視線の動き一つで激しく躰の中を掻き回されているようにすら感じた。下手すると――感じている自分が、いた。
(眼で女を犯す者は、心の中で既に姦淫したのと同じ事――か)
西欧の救世主の、過度に三大欲求を否定する言葉を思う。
(――お前もか、)
筑紫。
眠る男の目許に手をやる。普段自分を舐めるように見る眼は、今この瞬間何も映してはいない。映っているのは自分の眼に、筑紫の姿。立場は逆、一方的に。

(――お前も俺を心の中で犯しているのか、)

(筑紫、)



少なくとも俺は、お前に犯されている。
お前に抱かれているのは、俺自身なんだ。



何も映してはいない筑紫の眼に、無性に自分を映してやりたくなった。


気持ち学生時代で

(20051110)