魔人探偵脳噛ネウロ

なだらかに穏やかに腐りゆく沈黙の春

ふらり訪ねた後輩の下宿先、玄関に見えた大小二つの姿に足は止まった。
肩幅のある、自分より僅かばかり背の高い後輩と、それよりも二回り程も小さい、遠目からでも華奢なのが知れる女。(誰だ) 艶やかな黒髪(色素の薄い幼子のような自分の髪とは正反対だ)は肩辺りまで、囁くような風に吹かれては後輩が女の髪を撫ぜていた。
至極自然な、違和感の伴わない行為が自分自身にとっては違和感の塊だった。後輩の五本の指(自分はその指をよく弄んでは弄ばれた)が女の髪を梳く度に、いたたまれない気持ちになって、なったと同時にどうしてそんな気持ちになったのかを訝しんだ。そこまで特別な感情も関係もないはずなのに訝しむ気持ちを訝しんだ。(どうしたってんだ) そんな僅かばかりの葛藤の間も変わらずに後輩と女は体を寄せ合っていて、幾ら視界の隅に追いやっても意識の中心真ん中を貫くような鮮明な鋭さ、簡単にはどいてくれない重さ、根を張るような図太さと強かさをその映像(その衝撃)は兼ね備えていた。
(おかしい) おかしいのは堅物で知られる後輩がそんな真似をする姿を見た事がなかったからなのか、自分の状態がおかしいのか。(おかしいおかしい) おかしい事ばかりが認識されて何がおかしいのか具体性を欠いた自分の思考は矢張りおかしく、噛みあわない歯車に摩擦ゼロで綺麗に滑り過ぎていっそ空回っている頭の中。纏まらない上滑りする目まぐるしく容を為さないものが為せないままに彼方へと追いやられてはいつの間にか循環して戻ってきている。(おかしいおかしいおかしい)
おかしいままの自分をよそに、二つの異なる身体が一つに重なるようにして近付き、離れた。小さい体の女は少し爪先立って、背の高い後輩は少し屈むようにして。(何だってんだ)
ふらりと訪ねた当初の気軽さとはかけ離れた、後輩の側に行きたいのに行きたくない、この場に留まりたくないのに留まらざるを得ない、ような。一つの感情に収める事のできない感情を心臓の下に孕み、孕んだそれを堕ろす事すらできずに、むしろ考えもせずに、元来た道を引き返した。(何だってんだよ)
どうしてだか、いつも一歩下がって自分の側にいる後輩が、やたらと遠くの世界にいる別人のような気がしていた。


気持ち学生時代で

(20051103)