銀魂

COCO THE CLOWN

泪、泪
ちららしい
なみだの 出あひがしらに




























泣く時、咽喉の奥がかぁっと熱くなる。涙は決して優しいものなんかではなく、むしろ咽喉を焼くこの熱さは、尖ったものを含む、針が刺す様なこの熱さは、間違いなく涙は本当は痛くてごろごろとした硬いものなのだと。
涙は、優しいものではないのだと。
そう知ったのは、いつだったか。




今はもう亡き大名の下屋敷がそのまま引き継がれた屯所、その緑の庭の片隅に蹲る躰を視界の隅に捉え、土方は「山崎」、声を掛けた。

「何やってんだオメーは」

「……」、土方に気付いた山崎は振り向き、無言、すっと立ち上がろうとしたが、土方はそれを目線だけで止めた。そのまま顎でくいっと、今しがた山崎が蹲っていた場所を指し示す。こんもりと盛られた土は、ぎゅっと手で固められた跡が付けられたばかり。山崎の薄い手は土で汚れていた。

「埋めたのか、」

聞けば、山崎は矢張り一言も発しないままに唯頷いた。長いから切れと散々言われている前髪が、ばらばらと山崎の眼にかかり、その表情の半分も土方には解らなかった。
山崎、再度声を掛けようとして、ほとり、地に落ちたものを見た。じんわりと、地面が濃く滲み。

「――山崎、」

少なからず、土方は驚いたが、同時に忌々しさも込み上げた。
盛られた土を見れば、その前の地面だけ、色が疎らで。ほた、ほたりと、落ちた跡。

「……いい加減、泣くの止めろや、山崎」

ずっとお前そこで泣いてたんだろうが、土方の声に、声を出さずに涙を流していた山崎は、それでもそのまま俯いていた。

「泣き癖つけんじゃねぇよ」

目ん玉溶けてなくなるぞ、使い古された言葉は右耳から左耳に流れたのか、山崎は微動だにしなかった。
見える背中は小さく。震えてはいなかったが、影を背負い込んでいる様で。
ち、これみよがしに舌打ちし、乱暴に強引に、膝を抱えてしゃがみこんでいた山崎の首根っこを引っ掴む。そのままがっと、その場所から引き離した。
少年の躰は軽いはずで、それでも、どうしてか重く感じられ。鉛の様な何かを、その身に孕んでいる様で。ずりずりと足が地を擦った。

「死んだモンにいつまでもしがみついてんじゃねぇ」

取り憑かれるだろうが。土方は己の言葉が今の山崎に通じるなど微塵も思っていなかったが、それでも喋らなければならないとも思った。
そもそも「取り憑かれる」なぞ、信じていない。そんなものは唯の妄想狂の戯言だ、戯言だ、と思っているのにもかかわらず。言葉にしなければ、何かを形にして山崎に伝えなければ、話し続けなければならないと思った。
以前、よく見た、ものが。見覚えのある、それが。
山崎の背中に影が覆い被さっていた。

「泣くくらいなら、最初から懐かせなきゃ良かったんだよ、テメェも」

黒い、黒い。
影が。影が。
躰、沈んでいく、飲まれていく。
黒く暗い泥沼の様な影の中に。

「下らない半端な同情は、却って残酷だって事が身に沁みただろ」

小さな背中はすぐに、直ぐに見えなくなる。
見失ったら、終わりだ。
飲まれたら、終わりだ。

「これから先、情けも何もかも切り捨てろ」

じゃなきゃ、飲まれる。
飲まれてしまう。
お前の、小さな背中を見失ってしまったら、

「俺は、」

(俺には、)

影に飲まれたお前を、助けに行く余裕なんてこれっぽっちもないんだからよ。

使い物にならないのなら、
――お前を、見捨てるしかないんだ。

口には出さずに、一人胸の中で吐く。普段なら躊躇いもなく口に出すだろう言葉を、咽喉の奥で殺し、自身でもそうした理由が解らずに。首根を掴んでいた手を放すと、山崎の躰は土方の足に凭れる様にして崩れた。見える項の青白さに、細い血管は矢張り青く。まるで死人、の様な。

「……土方さんは、」

山崎は、細く細く紡いだ。首筋の血管の細さにも似て、その青白い声音は今にも切れそうで。背中は、小さく丸まったまま。

「局長だけ、守って下さい」
「俺は、俺がどうにかしますから。俺は、切り捨てられてもいいんですから」

「――……」

足元の丸まった背中を、どうしようもなく腹が立ってがすっ、蹴り飛ばした。下腹部、咽喉の奥が熱くなる。どうして、こいつはこんな風に。

「だったら、」

吐き捨てた。吐き捨てるしかなかった。反吐が出そうなくらいに胸がむかついた。

俺に面倒かけさせるんじゃねぇ。言葉にしなかった言葉だったが、山崎は解ったという様に微かに首を縦に振った。土方が見る事はなかったが、口の端が僅かばかりに持ち上げられ、笑んでいる様で。




涙は痛いもので決して優しいものではなくて。
涙に、今この全ての痛みが溶けてそうして流れてしまえば良い。



そうすれば、また笑えるだろう。











































泪、泪
ちららしい
なみだの 出あひがしらに

もの 寂びた
哄 が
ふつと なみだを さらつていつたぞ


懐:会意兼形声。右側の字(音カイ)は「目からたれる涙+衣」の会意文字で、涙を衣で囲んで隠すさま。ふところに入れて囲む意を含む。懷はそれを音符とし、心を加えた字で、胸中やふところに入れて囲む、中に囲んでたいせつに暖める気持ちをあらわす。  (『漢字源』/学風研究社 刊より)
作中の詩:八木重吉 / 泪『八木重吉詩集』思潮社 より引用・抜粋

土山:過去:切り捨てられても構わないですから