銀魂

D-MOON CHILD

むなしいことばをいふな




















「知ってるかぃ、土方さん」
沖田は前を向いたまま、助手席に座り煙草を吹かしていた土方に声をかけた。表の通りから離れた、暗闇にさほど遠くもない街のネオン、往来激しい車の灯が咲く路地。車を止めると、ハンドルに顎を乗せた背を丸めた状態で、沖田は再び、「まぁ、土方さんが知ってたら俺ぁかぶき町逆立ち三週、三遍回ってワン、ってのしてやりまさぁ」、軽く皮肉を込めた口調でのたまった。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
言いてぇ事があるなら、さっさと言え。土方は煙草を持った方の腕を窓から放り出した。黒い隊服に覆われた腕は、指に挟んだ煙草の先の明かりで周りの闇との判別が付いた。
沖田は土方にちらり、向かって薄く口の端を歪めると、直ぐに前を向いた。榛色の髪がちらちらと原色のネオンに燃え。全体的に色素の薄い少年は、容易に極彩色のネオンに染まりそうな雰囲気ですらあり、――同時にそれは、闇にも溶けそうな危うさを伴っていた。手を引いてやらなければ、簡単に。だからか、ごく稀に土方は大人しく沖田の話を聞く。今回も、そうだった。
「――脳がね、」
とんとん、こめかみを人差し指で軽く突付き、沖田は話し始めた。
「一定の損傷ってのを受けると、世界が半分しか解らなくなるって言うんで」
フロントガラスに映る沖田の表情は、どんな形容詞も当てはまらない、唯、素面であり。能面の様に、光と影、その微妙な陰影で表情や内面を推し量るしかない。
久し振りだな、土方は沖田の横顔を見て思った。沖田の、この無防備であり、反面研ぎ澄まされた剣士の顔を見るのは、――最後に見たのは、前の討ち入りの際だったか。

  『……いけねぇや、土方さん、』

そう、感情を、表情を忘れた顔で言った沖田。

  『アンタ、何優しくなってんですかぃ?』

血の海に遊ぶ、子供の様に無邪気、かつ残酷。

記憶を振り払う様に、僅かに頭を振れば、沖田は片目を見開き、唇だけでガラス越しに土方を笑った。
「そんな長い話でも難しい話でもないですぜ、土方さん」
ちっとばかし、普段使ってない頭の部分働かせて下せぇ。
うるせぇ、土方は返し、外に放り出したままの煙草を吸おうと口元に持ってくれば、灰が落ちそうになり。顔を顰め乱暴に灰皿を引き出すと、未だ長かったそれを捻じ込んだ。
勿体ねぇなぁ、土方さん。その言葉に沖田を睨めつけ。土方の視線を横目で受け、小さく肩を竦めた沖田は、「まぁ、続けましょう」、視線を前に戻した。
「んで、何を見ても半分が無視される。片側に『あるはず』のものが『ない』、って事にすら『気付かない』んだそうで」
だから、時計も半分しか解らねぇし、家見ても片側だけがない。
「俺らも、同じだねぇ」
沖田の横顔は、変わらずネオンに染められ。ちらりちらりと、色が疎らに散っては変わる。
沖田自身の表情は全く、ぴくりとも動かずに。
「……何を言いてぇんだ」
要点を言え。沖田が本論に入るまでに、この先随分話を引き延ばされるだろう、土方は先を見越し短く言い放った。のらりくらりと引き延ばし、突然に急所を突く様な回りくどい話し方を沖田はする。そうと解っていながらも、対処に遅れを取る事も多く、だからこそ土方は自ら先を促した。――沖田が何を言おうとしているのか、土方には皆目見当が付かなかった。

「……俺らは、世界の半分も解っちゃいないんでさぁ」

沈黙は、一瞬。
「はっ」、土方は鼻で笑った。「何を言うのかと思えば、単なる戯言かよ」
折角神妙に聞いてやろうとしていたのによ、軽くあしらう様に土方は続けた。胸の内ポケットから煙草を取り出し、一本抜いて咥える。ぼぅ、ゆらり橙の炎は揺らめき、土方の顔を照らして消え。細く吐き出された煙の白は直ぐに車内の闇に溶け、残ったのは冷ややかな沈黙ばかり。
「……確かに、」 沖田は全くの無表情のまま、確かに戯言でさぁ、言った。

「『夜の方が落ち着く』だなんて、戯言以外の何物でもありやせんぜ」

――原色、色の氾濫に、叛乱。視界を著しく侵す極楽鳥に似た極彩色の光が、沖田の顔の全面を刹那照らし、闇に浮かび上がらせ。
  『昼より夜の方が』
居心地が良いと。
そう言った時。
ゆ、くり、と。土方を見た表情と、同じ表情を。

「アンタは、そんな事を言うお人じゃあなかった」

「暗闇の中、眼ぇ爛々と光らせてる獣みてぇに」

アンタは、世界の半分しか、闇しか知らなかった人間だったでしょうに。

「土方さん、」
折れそうに細い首が、緩やかに動き。その眼に映った自分を、土方は見た。

「そんな事はね、光ってもんを知ってるからこそ言えるもんで、」

光、その言葉を彷彿させる男が土方の脳裏に浮かび。

「夜の闇が好きだなんて戯言は、」

光のある場所に安住し、慣れきった人間が言う、


「傲慢そのものだぃ」


――そんなんで、人、これから先も斬れるのかぃ?



ふぅ、と。
白く上った綺麗な環、薄い縁が極彩、赤に緑に滲み。土方がそれに一息かければ、環は霧散した。漂う残滓を煙草を挟んだ手で掻き回して消す。車内の暗闇に残像、先の熱い部分が眩く白く残り。

ぼす、背凭れに首を預け、「……莫迦が、」 土方は吐き捨てた。
「お前、本当に頭が空だな、」
慣れねぇ話はするもんじゃねぇ、浅墓な知ったかぶりが暴露されるからな。淡々と、言葉を紡いだ土方の横顔を、「そうですかねぇ」、見ながら沖田は、その棘のある言葉をさして気にも留めていない様子だった。能面、白い顔は、照らす光に染まって。

「……俺は、別にぬくぬく安住してるわけじゃねぇし、『光』なんて薄ら寒いもんを知ってるわけでもねぇ」

そんなクサイ台詞、詩人でも吐かねぇよ。棘はあるが侮蔑は篭っていない、何処かしこりを残した口振りに、何か思うところがあるのだと知れた。いつもならば入れる茶々を入れずに、沖田は沈黙をもって先を促した。

「……兎が神サマ共から火を奪って、そうして地上に火が初めて来たって話、お前知ってるか」

唐突な言葉に、沖田は「アンタも人の事言えない」、僅かに眉を顰めてみせた。黙って聞け、土方の言葉に、先にアンタが俺に聞いたんで、返す。背凭れに首を預けたままの土方は、今度はそれに返さず、そのまま低い車の天井を仰いだ。口に咥えた煙草が、仄かに灰色の天井を照らす。
「人間は火があったから人間だった。火がなきゃ、未だに動物のまんまだった。火が人間を人間たらしめているっつっても、過言じゃねぇだろうよ」
神サマから奪ったほどだからな。咥えた煙草を摘まむと、くる、暗闇に小さな光の円を描いた。網膜に焼き込まれる白い跡。じんわりと周囲の闇が滲み、暫くすればその軌跡は消えてしまう。
(――でも、アンタは、)
光なんてもんじゃねぇよな、脳裏に浮かんだ男に心の中、一人ごちる。アンタはこんなに弱々しい存在じゃない。

「……俺が知ってんのは、この煙草の火の光くらいなもんなんだよ」

お前が言う様な大層なもんじゃねぇ。光なんてもんは知らねぇが、

「火は消える。延々と燃え続ける事は出来ない。それだけの事を、俺は知っただけだ」

――そういう男を、知っただけなんだよ。

光など知らない、その土方の言葉に、沖田の眉がぴくり、微かに動いた。それに気付かず、瞼を閉じ、先刻の残像を思い描こうとしても上手くいかずに。代わりに、何度となく見てきた光景を思い出す。
葬式、焼かれる死体、焼く炎。
粛清、焼かれる家屋、焼かれる死体、全てを焼き払う炎。
燃え上がる、天を衝く様に真上に噴き出す。緋色は火色に通じ、高く、高く。火群はうねり。火の粉が弾け飛んでは躰に降った。
猛る炎、それでも、静まり消えるのが最期。
人に似て、静かに消えていくのだ。

「燃え続けられないからこそ、人間ってもんは火を好むんだろう」

――消えるのが、火というものだとしても。
暗闇を照らすからではなく、刹那の爆発を、その熱い芯を。

「光だけなら、獣だって怖がらねぇ」

(近藤さん、)

眼を開ける。
アンタのその熱は、

「少なくとも俺は、光の射す場所に安住したつもりなんてねぇよ、総悟」

光ではなく。

――自分が欲するのは、火の様なそれ、だけだ。


音のない闇を、原色のネオンが尚も照らし。運転席の沖田と、助手席の土方の間の空気は、滞ったまま。流れるのは光の筋ばかり。

「……大概、アンタもポエマーでさぁ」

暫くして、沖田が呆れた様に呟いた。土方から眼を離し、前を向く。その顔に苦味を含んだ笑みを浮かべ。見様によってはそれは晴れやかな、開き直った末の降参の表情にも思えた。「俺ぁ、どうやら間違ってたみてぇで」、頭を垂れ長い溜息と共に吐いた言葉に、無言のまま土方は首を起こし、紫煙を吐いた。ちらり、沖田の榛色の細い髪が揺れ、一瞬、眼の表情が見えなくなり。

「……アンタは、光を知ったわけじゃなかった、」

アンタ自身が、火を孕んだだけだったんですねぇ。

あーぁ、動物から人間に進化しちまったよこの人、つまらなそうに沖田が言えば、土方は眉間に皺を寄せ、がじ、吸い口を犬歯で噛んだ。
「俺は生まれた時から人間だ」
「あぁ、ホモだったんで」
「略すんじゃねぇよ」
ホモサピエンスって最後まで言いやがれ。毒吐く沖田を睨みながら、煙草の灰をとん、窓から落とす。ぱらり落ちた灰は直ぐに闇に紛れる。反して、土方の手元にあるそれは、現れた緋の断面がぼう、揺れて燃えた。未だに熱を持って闇を照らす、小さな火、その光。

「……まぁ、真っ白な灰になるまで頑張って下せぇ」
あしたのジョー、目指すのも悪くねぇでしょう。

にんまりと、その造りの涼やかな顔に何かを企む様な笑みを浮かべて、沖田はのたまった。土方は苦々しげに「俺はボクサーじゃねぇ」、話終わったんだからさっさと屯所に戻れや、吐き捨て、短くなりつつある煙草を咥える。
「へいへい」
我らがむさ苦しい、野郎ばっかの安住の地に戻りますかねぇ。
沖田はアクセルを踏み、華やかな極彩色のネオンを背にした。







































むなしいことばをいふな
もしもそうしてゐたがために
おまへの肺がよわるといふなら
さざん花のしろい花にむかってうたってをりなさい
おまへのにくたいとおまへのことばを
すべてうつくしいひとつのながれとなしなさい
もしもひくいすがたのじぶんになってをるなら
たえがたくもだまってゐなさい
みづからがひかるまでまってゐなさい


憐:会意兼形声。右側の部分は[[炎(ひ)+舛(足がよろめく)」の会意文字で、よろよろとしているが、たえずに続いて燃える鬼火(燐(リン))のこと。次々と続いてたえない意を含む。憐はそれを音符とし、心を加えた字で、心がある対象に引かれて、つらつらと思いが絶えないこと。  (『漢字源』/学風研究社 刊より)
作中の詩:八木重吉<むなしいことばをいふな>『八木重吉詩集』思潮社 より引用・抜粋

土+沖:夜が好きだなんて言っちゃいけない