猫を蹴飛ばし 「これは精密な機械に過ぎない」と彼は言った。
「これは精密な機械に過ぎない」
猫を蹴り飛ばしてそう言ったという、海の向こうの哲学者。
この躰を蹴り飛ばし切り刻んでも、矢張り機械だと言うのだろうか。
それならそれでいいんだ。
この躰が機械でも何でもいいんだ。
だけど、なぁ、
どうして、機械だというこの躰は、こんなにも心に左右されるんだ?
その、果てる瞬間に、頭にいるのは眼の前の女ではなくて、いつだってアンタなんだ。
「土方さぁん、」
名を繰り返して啼く女の白い肌が、紅く色づいていくごとに、そうやって染め上げていくごとに、どこか頭の中に、何にも無い空ろが広がっていくのが嫌で、必死に乱暴に力を込めれば女はただただ啼いた。啼くだけで頭の中の空ろは逆に広がっていくだけで、藻掻けば足掻けば反比例する様に泥沼に陥り。脳内で空の花火が打ち上げられる様な、鳴り響くのは聞こえない轟音。躰の中心が、揺れていく、様な。
近藤、さん
傾きかけた頭の中に唐突に、だけど必然的に現れるのはアンタだけで。アンタの笑った顔が浮かんで消えず。上っ面じゃない、本当は結構好きだったりする顔で。
近藤さん近藤さん
こんな、最中。溺れる寸前に、アンタに縋ってしまうのもいつも。
すまねぇ
その姿を思い描いた直後に、途方も無い罪悪感の奔流に飲み込まれるのもいつもの事。
こんな、女を抱いている間にアンタを引っ張り出してきて。
アンタを自分の汚いもんで汚している様な、あながち間違いでもない錯覚に、ぐらり、眩暈を覚える。眼の前にいるのは、似ても似つかない――アンタと較べもんにならないくらいに上等な顔と躰の女で。入り込めば入り込むほど、その躰は俺を受け入れ包んでくる、――俺を拒絶しない、女の躰で。柔らかい肉と、薄い皮膚と、俺の名だけしか知らない様に歌う、唇に紅を引いた、――アンタじゃない、女で。
それでも、アンタの方が、余程――
余程、そこまでいって、強引に思考は打ち切られ、考える事が続けられなくなる。鉄砲水の様な衝撃の後、打ち抜かれた思考は、後から後から襲いかかってくる罪悪感に飲み込まれ、そこから抜け出そうとがむしゃらに、何かに集中したくて女の汗ばんだ躰を掻き抱く。女の声が一際高く部屋の中に響いて、――頭の中にまた、空ろが弾ける様に生じ。
近藤さん
生じたばかりの空ろは、忘れようと思うたびアンタにすまないと思うたび、益々アンタだけで占められて。アンタへの罪悪感と後ろめたさ、それから逃れようとして眼の前の女で一杯になろうとするたびに。循環。巡るばかりで終わりを知らず。
――まるで、興奮剤、みたいな罪の意識、で。
原色の、罪の意識で。
脳内に鮮やかに散ってはまた集まり。
近藤さん
眼の前の躰に反応するのは俺の躰で、それでも俺の躰を突き動かすのは俺の心で。
その中には女じゃなくて、アンタだけしかいないんだ。
「――っ」
女の咽喉から嬌声が細く漏れて、俺は罪悪感に塗れたまま果てた。