銀魂

強い子に育ちますか?

「俺、『退』って名前嫌いなんですよね」
突然、山崎は言った。
「何か、これ以上ないってくらいに後ろ向きだし。名前がこれじゃあ、やさぐれたって不思議じゃないでしょう」
土方の書類の判押しを待つ最中、あんまり暇で、かつ廊下に正座の状態で待っている最中だったので、気を紛らわすのも兼ねて一方的に喋り出したのだ。
「俺、もっと恰好良い名前……いや、別に恰好良いっていうよりも、もっと何か込められてる名前が良かったなぁって思うんですよね」
『退』は、どう考えたって良い意味は込められてなさそうだし。
書類に向かって素早く眼を通しては、適当に除け、押すべき物には判を押していく土方の横顔を見ながら、山崎は尚も続けた。
(普段ならここら辺で怒られるんだけどなぁ、)
黙れ、と一喝され、同時に頭に一発食らうのが常だったが、今日の土方はそんな事に構っていられないほど集中しているらしい。
「そもそも、どうして名前だけは覚えてんでしょうねー?」
親の顔なんて、忘れるとかどうこうの前に、親がいたのかどうかも解らないのに。
いや、いたのだろうが、いたという実感がない。

いきなり、記憶は物を乞うて生きていた自分に飛ぶからだ。

「……お前の、」
書類から眼を離さないまま、ぽつり、土方は言った。覚えちゃいないだろうが、お前の、
「お前の名前を、近藤さんが聞いた時な、」
『なぁ、名前、お前名前は何て言うんだ?』
「お前、何にも喋らないで」
『……』
「突然庭に下りて、」
  退
「たった一言、そう書いたんだ」
何て読むのか、正直解らなかったんだけどよ。
土方は、やはり山崎の方には眼もくれずに続けた。
「あんまり綺麗な字で、こいつ本当はいいところのガキだったんじゃねぇかって、そう言ってた」
乞食同然だった少年が、その風体からは想像出来ないほど、流暢に丁寧に書いて見せた名前。
たとえ、何も覚えていないって言ったってよ、土方の声音はあくまで普段と変わらずに、淡々として。
「ありゃあ、親御さんがいつもお前の名前を書く時に、丁寧に大事に、それこそ、」

愛しい子の、名前を

「だから、あんまり嫌ってやるな」
お前の、名前じゃねぇか。
終わった、土方は呟き、そこで初めて山崎の方を見た。
「……山崎ぃ、」
はい、よ。小さく漏れた声は、俯いた山崎の懐で消えた。
「お前の名前、俺は嫌いじゃねぇよ」
はいよ。
今度は声にならなかった。


土山:あんまり丁寧に流暢に書かれたその名