まあ だいたい3:7くらいで今日も幸せ。
「多串君は、本当はアイツの事、好きでも何でもないんじゃないの?」
――殺してやろうか、言葉に意識が追い着く前に、刀を抜いていた。
その銀の髪が、刺す様な陽の光を受けて煌くのを視界の隅に捉えた時に、道を替えるなり何なりしていればよかったのだ。
「いやァ、悪いねぇ多串君。奢って貰っちゃって」
見るだけで胸焼けを起こしそうな巨大なチョコレート・パフェをかき食らう向かいの男に対して、土方は終始無言を貫いた。
久し振りの非番だ、いつもならばここで皮肉の一つや二つ、と言わず十くらいは返す。だが、今日の彼はそれをしなかった。不愉快極まりない甘い匂いが鼻を侵すからか、唯ひたすら、一種の集中力を以ってして煙草を消費し続けていた。その煙草も、ほとんどが半ばまで吸われないままに捨てられた。
重なっていく煙草の死骸を傍目に、土方から何の反応も返されない事に、銀時は暫し思案気な顔をし――もっとも、それも普段と全く変わらない顔ではあったのだが――、そうして、ふと何かを思いついた様にしてにたり、笑った。
「……気持ち悪ぃんだよ、テメェ、」
その下心丸出しの顔、ぽつり、土方が切って捨てれば、銀時はそうかぁ? 間延びした声で応えた。
「多串君の、その今にも人殺しちゃう様な、瞳孔開ききった顔もどうかと俺は思うんだけどねぇ」
怖いよ〜凄ぉく。
口の周りについた生クリームを、器用に舌で舐め取りつつ、あくまで軽い調子を崩さずに言う。
「殺したいのは、誰よ?」
「……てめェの知った事じゃねぇだろう。とりあえず今はお前を殺してやりてぇがな」
もう食い終わったんなら用はねぇだろ。今しがた吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付け、伝票を乱暴に引っ掴む。
食後の余韻を楽しんでいるつもりなのか、鼻歌を歌う銀時をよそに、清算に向かおうとした。
「――っにすんだテメェ!!」
「えー、この多串君の尻の絶妙なラインが、俺を誘ったん……」
「今斬られるか、猥褻罪でブタ箱行くか、どちらか選べ」
すれ違い様、すぅっと尻を撫で上げられ、反射的に土方は柄に手をかけた。そのままの状態で銀時を睨み据える。
和やかだった店内はさぁ、潮が引く様に静まり、何事かと二人に視線を向けた。周囲の好奇の視線をよそに、銀時と土方、二人の間でだけ、空気が一気に張り詰め、そうして膠着した。間違い様なく、土方はその眼に殺意を湛えていた。
――その緊迫した空気にも拘らず、銀時は土方の反応の良さをけらりと笑って言った。
「まぁ、そんな物騒な眼しなさんな。こう、ちょっとムラムラきただけだから。そういう事ってあるじゃん?」
「ねぇよ」
男相手に、銀時の態度とは正反対に、土方は吐き捨てる様に言った。男相手に、気色悪ぃ。
――それは自身をも傷つける言葉だと知りながら、土方は言わずにはいられなかった。そう言わなければ、自身を律する事が出来なかった。
土方自身が、そう言われる事を望み、そうして相反する様に恐れてもいるからだ。
「……捻くれてるなぁ、多串君は」
だからこそ、その銀時の言葉に一番頷きたかったのは自身だった。――頷く代わりに、銀時の顔面に伝票を突きつけた。
「……慰謝料だ。ここはテメェが自分で払えや」
「ちょ、それはないんじゃないの!!? 多串君が奢ってくれるっていうから奢られたんだぜ俺ゃあ!!?」
「そもそも俺は『奢る』なんて一回も言っちゃいねぇ。それに準ずる様な事もだ」
「嘘吐きは泥棒の始まりだって、お前知らないのか!? アレだよ、そんなんじゃ警官だってリストラされちまうぞ国民の皆様怒っちゃうぞ当然俺も怒っちゃうかんな!!!」
「税金払ってから文句の一つでも言え」
「……何か今日の多串君のツッコミ、やたらと手厳しくない? 就職活動に励む若者達の夢と希望とお天気お姉さんをを根こそぎ奪う様な厳しさなんだけど」
「今の文章中に余計なもん入ってたがつまらなかったから」
「……ホラ、冷たい。というか俺は別に笑いを求めて喋っちゃいねーよ!!! むしろ夢と希望とお天気お姉……って人の話最後まで聞いていけよてめぇ!!」
「――で、話は戻るけどよ、多串君はこう、ムラムラこないわけ?」
店を出て尚、付きまとっていた銀時を、払う気にもならずにそのまま放っていた自身を愚かだと思った。人通りの全くない道を選んだ事も悔いた。多少人がいれば、この類の話題を振られずに済んだのではないか。
「……しつこいんだよ、お前」
たまらず、そう吐き捨てれば、まぁまぁ、銀時は笑って言った。
「粘り強さとしつこさは紙一重だって、お前んトコのゴリラは言ってたけど?」
「……人の頭をゴリラ扱いすんじゃねぇよ。しかもこの場合何に対してお前が粘ってるのかが解らん」
「そりゃぁ、多串君の本音を聞きだす為に」
あっさり言われたその言葉に、はた、歩を止めた。後ろからついて来ていた銀時を振り返り、睨め付ける。――相も変わらない、何を考えているのか読めない男の顔が、そこにはあった。
「何だよ、本音って、」
凄味をきかせた声に、怖いねぇ、調子の良い事をのたまった後、銀時は言った。
「本音は本音。建前でも何でもない、心の有様ってヤツですか? ――今のお前ねぇ、」
いっぱいいっぱいな顔してるんだけど。
銀時の言葉は、少なくとも今現在の土方の心中を言い当てていた。
いっぱいいっぱい。そう、正しく。全くその通りで、返す言葉のないのが答えとなった。
沈黙に沈んだ土方に、銀時は薄い笑いを向けながら続けた。
「あのむっさい男絡みなんじゃないの?」
――止めなければ、土方は漠然とそう思った。
「未だにお妙を追いかけ回してるんだろ」
今、ここで止めなければ。思っただけで、思っているのにも拘らず言葉は形を為さずに、言葉が空回っては余計に頭を混乱させた。
「俺、思うんだけどさ、」
止めなければ。止めなければ。
一切の躊躇もなく、こいつは真っ直ぐ突き立ててくる。
必死に守っているそこを。
いちばん、弱いそこを。
「多串君は、本当はアイツの事、好きでも何でもないんじゃないの?」
……お前に、何が、
「――っ、危ねぇよ多串君」
寸でのところでその一撃を木刀で受け止めた銀時は、土方に非難がましい眼を向けた。
「お前に、何が」
何が解るって言うんだ。向けられる非難の眼を真正面で受け止め、土方は言った。その声は、いつもと変わらないままで、逆に変わらないままだったからこそ、彼の心中が決して穏やかではない事を銀時に悟らせた。
上から押さえつけられる様な、鉛の空気をその身に受けながら銀時は続けた。
「何、そんなに大事なわけ。アイツが」
でも、大事でも、好きなわけじゃないんだろ? 続けられる言葉は土方の心に傷ばかりをつけた。
「男が男に惚れるってのは、別に躰ばかりじゃないだろうに、」
「心に、男気に惚れるとか、そういうのだってあんだろ」
「それでも、多串君、」
好きだって、いうのか?
――銀時の言葉はどこまでも真っ直ぐ、土方の心を貫き。
「……お前に、」
どうこう言われる筋合いは、ない。
吐き捨てられたのではなく、無理に絞り出された様なその言葉に、銀時は一瞬眉を顰め、それから直ぐに笑った。
「そりゃあ、そうだな」
自身の今までの発言と共に、この重い空気を払拭するかの様な、からりとした笑いだった。とん、土方の肩を押し距離を置く。
「……お互い、報われないってのも辛いねぇ」
唐突に呟かれた銀時の言葉をどう受け止めていいのか解らず、その惑いが土方の視線を揺らした。
「うん、まぁ、いつかは実るなんて言えねぇけどよ、」
俺にも、少しばかりの希望を持たしてくれたっていいと思わねぇ? 銀時は笑ったまま言った。
「少しばかり、それだけで」
満足出来る様な、出来た人間でもないんだけどよ。
どこまでも突き抜けた、明るい顔を見せる銀時に、少なからず土方は困惑した。言葉に窮した土方をよそに、先ほど真剣を受けたばかりの木刀を見ながら、あー、ちょっと欠けちゃったよ。多串君、これ真選組で新しいの買ってくれたりすんの? 空気を全て無視した口調、軽い調子で言ってのけた銀時に、そんなのテメェでそこら辺の木から削って作れ。土方も自然いつも通りに答えていた。
「木刀の一本や二本くらい買ってくれたって構わないんじゃないのー?」
不満を口にしながらも歩き出した銀時に、ぽつり、土方は呟いた。
「俺と、お前、どちらが先に報われるんだろうな」
「……何、多串君、今の状況にやっぱり満足してないわけ」
高望みし過ぎないのも、利口の内って言うじゃねぇ? 振り向き、銀時は続けた。
「少なくとも、両方が報われる事はないだろうけど」
確実に、それはないと言外に断言され、土方は苦笑した。――確かに、その通りだと思ったからだ。
「あ、今日初めて笑ったろ、多串君」
「……いい加減覚えろ、俺は多串じゃねぇ、土方だ」
「えー、覚え難くない? ひじか多串とかどうよ?」
「一つにまとめんじゃねぇ!!」
飄々とした銀時の調子に、自身を乱されるのを悔しく思いながらも、一方で楽しくも思っていた。
からり、乾いたその態度が、やけに嬉しく思え、それじゃあ略してヒッシーとか? 空を仰ぎながら喋る銀時の背中を見た。
『報われない』
確かに、確実に、この先も報われないままだと、しかと解っていた。
解っていながらも、その状態である事を良しとしたのは自身だ。
『報われない』
否定しようのない事実から、土方は眼を逸らさずにいた。
眼を逸らす暇等なかったからだ。
『本当はアイツの事、好きでも何でもないんじゃないの?』
よしんば、その通りだとしても。
あの人の剣になる事を、選んだのは自分自身だ。
そこに、悔いがあるはずもなかった。
「……おい、」
前を歩く、銀の髪の男に声をかける。
「何、ヒッシーはやっぱ嫌?」
我侭だね多串君、尚も言い募ろうとする銀時を、そういう事じゃねぇ、遮って言った。
「お前、いつから気付いてた?」
土方の言わんとする事を解り、銀時はうーん、視線を空に向けた。
「それを聞くのは野暮ってもんだろ」
安心しろって、誰にも言っちゃあいねぇよ。
銀時の言葉に安心したわけでも、疑っていたわけでもないが、そうか、土方は煙草を一本抜き火を付けた。
「もう一つ、いいか?」
「何?」
「報われないってのは、あの婆さんの事か?」
「――――――――はい?」
「確か、旦那の代わりに護ってやるって言ったとか言わなかったとか……」
そう、うちの監察が言っていたんだけどよ、細く紫煙を吐き出しながら銀時を見れば、その場に頭を抱えて蹲っていた。
「そんなにばれたのがショックだったのかよ、」
俺だって、誰にも言いやしねぇよ。慰めのつもりで言ったものの、銀時はなかなか立ち上がらなかった。
「お……」
「……何か、今現在銀さん放心しちゃいたいくらいなんですけどぉ……?」
「あん?」
その場から動こうとしない銀時に対し、いつまでもお前に関わってる義理はねぇからな、言い捨てて去ろうとする。自分の脇を通り過ぎようとした土方の足首をむんず、掴まえようとして――その手を引っ込めた。
「……ま、気長にいきますかぁ?」
がばっ、勢いよく立ち上がると、足の速い、黒の着流しの男に大声で呼びかけた。
「ちょっとくらい待ってくれてもいいんじゃね、ひじか多串君〜」
「余計覚え難くなっとるわ!!!」
『報われない』
「俺もよく言うよなぁー」
呟いた言葉に土方が怪訝な顔をして見せれば、何でもない、にたりと笑って誤魔化す。
「その顔やめろっつてんだろうが」
「生まれながらこの顔なんだけどー」
下らない会話を続けながら、銀時と土方は自然並んで歩いていた。
多分、今はこれが幸せなのだ。