Chacun porte sa croix.
「やっぱり、俺がいけなかったんかな」
道半ばで、ヨイチがそう、小さく呟いた。誰に聞かせるわけでもなかったような、ただ零した言葉に、隣のムヒョはぐっと眉間に皺を寄せると「バカかオメーは」、吐き捨てた。
「オメーがどうこうしたところで、ヤツは変わんなかっただろうよ」
ガキと凡人ってのは単純だからな。けけけっと言い切ったムヒョに、ヨイチは視線を向けた。ムヒョはいつでも、こうして言い切る事ができる。決して浅墓なのではなく、むしろもっと奥の方でものを考えるからこそ、好印象を持たれにくい。ずっとそれは変わらない。――今では、変えて欲しくないとすら思ってしまう。彼が、エンチューがあんなになってしまった今では。
「――でも、エンチューは子供で、単純だったからこそ、母親が全ての世界で、それでもやっていけたんだ」
ちっぽけな、ちっぽけな体で、それでも全身全霊で。
本当なら母親の側にいてやりたかっただろうに、それでも。
母親が、全てだったから。
「それを、俺は知っていたのに」
母親の為に、その存在の為だけに生きてきて。
――それを、知っていたのに。
眼を閉じる。浮かぶのは、紙吹雪の中、壊れた様に泣きながら笑うあの日のエンチューの姿。
ひらりひらり、舞う色鮮やかな紙は、姿を変え。
黒く黒く、闇が降る様に。
俯いたヨイチを横に見れば、その背中に翳が覆い被さっている様に感じられ、ムヒョは苦々しく視線を外した。ヨイチ、オメーは甘いんだ、心の中で毒吐いたものの、その言葉を聞けばきっとヨイチは弱々しく苦笑するのだろう、容易に想像できた。
ヨイチ、お前だけが全部背負うなんて、――お前一人だけで背負えるなんて、随分と偉くなったじゃねーか。
「……狭いガキの世界の中で、」
ムヒョは、同情を――エンチューへの同情を、後悔を、未だに抱いているヨイチを突き放す様に話し始めた。
「狭いガキの世界の中で、一本、どうしても守りたいモンがあって、それはもう神様みたいな存在になってる。世界樹みてーな、自分の世界を支える存在で」
「それが無くなったら、自制が利かなくなるのも、まぁ五百歩譲って理解してやろーじゃねぇか」
「でもよ、ヨイチ。人間は神じゃねぇ」
「人間なんて、いつかは死ぬもんなんだよ」
「それを未だに理解しないでいる、理解しようとしないでいるアイツに、同情するべきじゃねーんだよ。同情すべき過去があっても、今現在に罪を犯しているのなら、俺達は同情しちゃならねぇ」
すぅ、息を吸い、静かに、静かに。
「――火向洋一、」
お前は、エンチューの友人である前に、人間である前に、「裁判官」である事を忘れるな。
ムヒョの透徹した、しかし低い声音に、ヨイチは俯いたままくくっと僅かに肩を揺らした。
「……変わらねーな、ムヒョは」
そう言えば、何だよそりゃ、ふんと鼻を鳴らして答えた小さな元ルームメイトを見る。変わらない、タマネギの様な髪型。それを言えば多分怒るだろう、変わらずに。
――このくらい、このくらいエンチューも強ければ壊れなかったのだろうか。
(――いや、)
ムヒョのそれは、強さではなく。たとえそうだとしても、強さというものは簡単に他人に求めてはいけないものだろう。それは、余りに無責任だ。
「……なぁ、ムヒョ、」
ヨイチは、足を止め、はっきりと、ムヒョに向かって言った。
「お前は、エンチューの罪を、魔法律家――執行人の名の下に裁くだろうけど、」
円宙継っていう人間だけは、お前が、裁いてやってくれ。
ヨイチの言葉に、ムヒョは軽く鼻を鳴らしただけで答えはしなかったが。
その態度に、ヨイチはまた、――泣きそうになりながら、「変わらねーなぁ」、言って笑った。